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孫5人の主婦がピアニストに 人生最終コーナーで快挙

中野万里子さん 第18回大阪国際音楽コンクールで優勝

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NIKKEI STYLE

もしかしたら、究極のアンチエイジングかもしれない。一度は演奏家の夢をあきらめ、結婚、出産……と普通に家庭生活を送り、5人の孫に囲まれた女性がふとしたきっかけでピアノを再開、わずか3年でコンクールに優勝した。しかもアマチュアやシニア世代だけを対象にした「広き門」ではなく世界の若手が一堂に集まる「狭き門」、第18回大阪国際音楽コンクールの晴れ舞台で獲得した栄冠だ。

中野万里子さん。昭和30年代の京都に生まれ育ち、4歳でピアノを始めた。小学校6年生でベートーヴェンやメンデルスゾーンなどを弾き、全日本学生音楽コンクールの西日本大会で入賞(第4位)した。

「練習で間違っても、本番は全然あがらず、バッチリ。ドレスを着てライトを浴びるのが大好きな、目立ちたがりの少女でした」

音楽の分野を目指す京都人の定番コース、京都市立堀川高校音楽科から京都市立芸術大学へ進み「大きなコンクールで上位入賞したら、ピアニストになろう」と考えていた。だが、その日は訪れず、結婚して家庭に入った。ピアノを完全にやめたわけではなく、伴奏の仕事を引き受けたり、家で子どもたちに教えたりはしていた。

「でも、教えるのは嫌いでした。ちゃんと準備してくる子は少ないし、なんかイライラして、何人かやめさせたこともあります」

自身、2人の子育てに時間をとられ、ピアノからは遠ざかるばかり。やる気も起きず、現役とは呼べない何十年かを過ごした。転機は今から4年前。「主婦のたしなみ」として交流サイトのフェイスブックを始めたところ、「あなたのピアノが聴きたい」と書き込んだ人が現れ、「半ば冗談」で自分の演奏を動画に収めアップした。

「長いブランクのせいで、へたくそ。脱力のできないままガンガン弾く姿に、ショックを受けました。負けず嫌いが幸いしたのか、『義務』が練習に打ち込もうとする『やる気』に初めて変わり、翌年にはもう、コンクール受験を再開していました」

カムバックして最初に受けた日本演奏家コンクールの予選は「ぎりぎりの点数」で滑り込み、東京の全国大会で入選した。ショパンの「バラード第1番」を弾いたが、第2次予選のとき、審査員の一人が「(第1次予選に比べ)2カ月で別人のようにうまくなった」とコメントしてくれたのが、うれしかった。以後いくつか受験したが、「いつも入選止まり」。60歳で大手電機メーカーを定年退職、シニアライフに入ったご主人からは「あと2回受けてダメなら、能力はそこまでということや。やめとけ」と言われた。

「私の性格を知り抜いていて、わざときついことを言ったのかもしれません。リベンジへの意欲が猛然とわき上がって、年齢制限のない大阪国際音楽コンクール、ショパン国際ピアノコンクール in ASIAの2コンクールを目標に頑張ってきました」

大阪国際音楽コンクールは2000年、ピアニスト・ピアノ教師の北野蓉子さんが早世した夫の遺志を継ぎ、「演奏家の可能性をすくい上げる道」を個人で立ち上げ、実行委員長として世界規模の催しに育ててきた。中野さんはコンクールに先立ち、北野さんのレッスンも受けている。

「1小節単位で止められ、音色が違うと注意される。厳しい指導です。堀川高校の時代、基礎をきっちり、厳しく教えてくださった恩師を思い出します。最初は緊張のあまり、手が震えました。同世代のピアニストはもう落ち着いて、音楽大学の教授になったり、私が受けるコンクールの審査員を務めたりしています。自分だけ学生みたいで恥ずかしい、このトシで何をしたらいいの……。そんな迷いが受験を重ねるうち、少しずつ消えていったのは、若いライバルたちのおかげです。北野先生はコンクール会場となるホールのレッスンにも、付き合ってくださいました」

若い人と自分の演奏で、いちばん異なっていたのはピアノを弾く際の奏法と脱力だった。日本では長く「卵をつかむように」と手を丸め、指を高い位置から鍵盤に下ろす「ハイフィンガー奏法」が主流だった。中野さんもハイフィンガーで育った世代だが、現在では「合理的とはいえず、脱力にもマイナス」として退けられ、ピアノ教育界全体が重心の低い脱力奏法へと移行している。昨年亡くなった名ピアニスト、中村紘子さんも米国へ留学した時点でハイフィンガー奏法の問題を指摘され「最終的に痕跡を消すまで、35年を費やした」と語っていた。幼少期にたたき込まれた弾き方を直すのは、簡単ではない。中野さんはリストの「リゴレット・パラフレーズ」をハイフィンガー脱却のテーマ曲として、自身に課した。ヴェルディのオペラ「リゴレット」の名旋律を素材にした作品だから、柔らかく旋律を歌わせる場面の連続で、脱力しない限り音楽にならない。

「力任せに弾くだけでは、若い人の脱力奏法に勝てないとわかったのです。私は『リゴレット・パラフレーズ』を柔らかく弾く技を磨き、コンクールに挑もうと決めました」

大阪国際でも過去2回、「リゴレット・パラフレーズ」を勝負曲に挑み、審査員によるマスタークラスも受講したが、いつも入選にとどまった。今年は「3位以内に入りたい」と願って練習に励んだが、3月末、最愛の父が92歳で亡くなった。「3日前まで、私のピアノを聴いていた」といい、北野さんの精神的サポートもあって、「悲しみをピアノに封じ込めるように弾いた」。そのとき、中野さんの演奏に涙を流す人の姿を初めて見た。

「何が響いたのか、脱力が自然にできている自分に驚いた。最後に『ショパンのバラードより、リストの方がいいなあ』と漏らした父に背中を押されるように、『リゴレット・パラフレーズ』にのめり込んでいったのです」

結果は大学卒業生以上を対象にした「ピアノG部門」と「リサイタル部門」の両方で1位。「ひとつ目には無関心だった夫が、ふたつ目には『ほお~』と驚いていた」。弦楽器や管楽器など他のジャンルの1位受賞者も交えた「グランド・ファイナル」では、高校生を対象にした「ピアノH部門」で優勝した米国青年のセス・シュルシスさんとグランプリを分け合った。中野さんにはさらにフランスの音楽祭への参加資格など4つの特別賞が贈られた。

「本当にうれしかった。あと20年くらいしか生きられない私が優勝しては、若い人に申し訳ないという気持ちもあります。表彰式では何が何だか、わからなくなりましたが、頭が冷えてみれば、だんだん怖くもなってきました」

びっくりするのは中野さん、ひと晩のリサイタルを構成するのに必要な数の曲目がまだ、そろっていない。ピアノを再開した後、受けたコンクールすべてでショパンの「バラード第1番」、リストの「リゴレット・パラフレーズ」のいずれかを弾き、のし上がってきた。年齢のことばかりが話題に上ったが、たった2曲のレパートリーで国際コンクールの頂点を極めたこともまた、異例中の異例である。

「レパートリーを増やし、少なくとも2時間分の曲目を用意しない限り、プロのピアニストとはいえません。特別賞でいただいた海外のマスターコースへの招待参加すら、ためらってしまいます。でも優勝後、ピアノを弾かないと落ち着かないようになり、学生時代よりはるかに真剣な自分に変わりました。朝4時に起きて、早朝練習に励む……。一時は『自分は選ばれなかった』『負け組だ』と思いかけたのですが、どこかに悔しい気持ちが残っていたのでしょう。目立ちたがり少女の原点に戻って自分独自のやり方でピアノを究めよう、今はそんな気持ちです」

意外な「オマケ」もあった。最初は若い人たちの間で気後れしていたのだが、コンクールを受け重ねるうちに顔見知りとなり、自然に言葉を交わすようになった。だんだんトシのことも忘れ、友だち感覚に。

「『これって、いいな』と思います。今や、最大のアンチエイジングです」

実は、ピアノを忘れたりはしていなかった。地下の水脈を絶やさず、人生の最終コーナーで開花させた中野さんの実像は、なかなか戦略的でしたたかだ。

この先、どこまでバクハツしてくれるのか、予断を許さない。

(コンテンツ編集部 池田卓夫)

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