アムールヒョウの子どもの成長を見守りつつ、冬を待つ
昨年に続き10月下旬での降雪です。ベタ雪です。
昨年は不意の大雪で「ととりの村」の水鳥の巨大なフライングケージの屋根の網が破けてしまいました。今年は幸い「ととりの村」は大規模改修工事中で天井の網はかかっていません。しかし不意のまとまった雪で作業車のタイヤ交換に追われました。園内ではアジアからの観光客が雪で大はしゃぎをしていました。この時期に雪が見られてラッキーではあります。見ている僕らは滑って転んでケガでもしないか、ヒヤヒヤでした。そうそう、雪に慣れていない地方の方にひと言。雪道は滑るように歩くことです。特に夏靴はそもそも滑ります。僕たちはペンギン歩きと言っています。滑ることに逆らおうとすると変な力が入って、転んだときのダメージも大きくなります。それにしても数日後の天気予報が当てにならないのは、困ったものです。まあ昔から○心と秋の空、と言いますからね。
さて開園50周年の今年8月は、うれしいできごとがありました。アムールヒョウの繁殖です。日本最北の動物園としてオープンした旭山動物園の象徴的な存在として、開園当初からアムールヒョウを飼育していました。しかし繁殖には至らず飼育は一時中断します。
1989年に「ビック」と「エイラ」のペアが来園し、91年にメスの「サクラ」の繁殖に成功しました。日本で初めての繁殖でした。その後ビックとエイラは96年にメスの「こと」の繁殖に成功し、繁殖を終えました。ことはアムールヒョウとしては異例に体格が小さく、ペアの形成は断念し、旭山動物園で一生を終えました。
サクラは神戸市立王子動物園で新たなペアを組み、繁殖に成功しました。サクラの子は広島市安佐動物公園でペアを組み、繁殖に成功しました。その子どもが現在の旭山の「キン」と「アテネ」(両方オス)です。ビックとエイラのひ孫にあたります。アテネ五輪の年に生まれ、「金」メダルを……。何とも覚えやすい兄弟ですね。そして15年にメスの「ルナ」がロシアから来園しました。
昨年暮れからアテネとキン、交互にルナとのペアリングを開始しました。キンとアテネは12歳と、けっして若くはない年になっていましたが、キンの方がルナに関心が高く、ルナもキンを受け入れるようになりました。本来よりも少し遅く今年5月の発情期、交尾に至りました。そして8月12日から13日にかけて、2頭の子どもが誕生しました。ビックとエイラの血統をつなぐことができました。
子どもの成長の様子は、健康状態のチェックも含め産室に取り付けたカメラで観察・記録しています。その映像を来園者にも見てもらえるようにしています。子の先天的な要因、親の判断などで生まれた子のすべてが必ずしもスクスク成長するとは限らないのですが、命をみてもらっているのだから、ありのままの営みを伝えることが動物園の大切な役割だと考えています。
幸い2頭は無事に成長し、10月に入り巣箱から出て産室内を冒険するようになりました。足腰もしっかりしてきて、生後2カ月の体重はもうすぐ4キロ。産室から屋外の放飼場へつながる扉を初めて開放しました。母親がまず出てきて安全を確認し、子を呼ぶのかと思いきや、子どもたちだけがヒョッコリ顔を出しました。子どもはオスとメスなのですが、メスの方が活発で行動が大胆です。数日で活動範囲が広がり、垂直に立てた丸太にチャレンジするようになりました。たまに母親も出てくるのですが、基本は安心しきっています。狭いながらも安心して次世代にバトンタッチできる環境だと認めてくれた証拠でもあるのですが……。
僕が動物園に入った30年前は、野生個体や飼育下の繁殖2世代目や3世代目の動物がたくさんいました。当時の動物たちの油断のなさや、こちらの毛が逆立つようなすごみ、自らで生き抜こうとする力、絶対に受け入れない譲らない物理的・精神的な距離感などは、現在とは比べものにならないものがあったように思います。
安全と食べることが保障された中で繁殖を繰り返してきた第6世代や第7世代……の個体は、もちろん野生の本質に変わりはないのですが、やはり現代っ子なのだと感じます。
アムールヒョウという名のとおり、ヒョウの中では最も北方に生息する亜種です。寒さこそ、彼らのたくましさの根源です。寒さは曖昧な要素をそぎ落とします。子どもの成長を見守りつつ、僕は本格的な冬の到来を心待ちにしています。
1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。