コシノジュンコ、「一卵性母娘」ブルゾンを支えた言葉編集委員 小林明

――ブルゾンさんは17年8月の「24時間テレビ」(日本テレビ)のチャリティーマラソンで90キロを見事に完走しましたね。

「24時間テレビ」のチャリティーマラソンでブルゾンちえみさんが90キロを完走したことを祝福するコシノジュンコさん(右)

「あのときはテレビの前でハラハラしながら応援していました。マラソンのゴール地点の日本武道館まですぐに飛んで行きたいくらいの気持ちだった。90キロを完走するなんてすごい忍耐力。放映の数日後に私のブティックに来てくれたので、『ブルゾンちえみさん 完走オメデトウ』と書いたゴールテープを用意して一緒にお祝いしました。90キロも走ったんだから、筋肉痛でとても歩けないのが普通でしょうが、彼女は平気でスタスタと歩いていたのでその体力に驚きました。学生時代に陸上競技をやっていた影響もあるんでしょうね。ブルゾンさんの大胆な行動力や不断の努力が、多くの人の感動を呼び、今の彼女の成功につながっていると思うと本当にうれしいです。苦労している場面も見ているから、心から祝福したい気持ちでいっぱいです。ただ、51歳も離れているから、娘というよりは孫という感じですが……」

パリの伝説モデル、3姉妹のライバル心…ショートボブにした理由

――ボブのショートヘアや派手なマスカラメークなどのファッション感覚が2人を結び付けたわけですが、コシノさん自身はいつから、なぜそのスタイルにしたのですか。

「自分なりにいろいろと試行錯誤した結果、自然にこのスタイルに落ち着いたんです。私は大阪・岸和田で洋装店の3姉妹(ヒロコ、ジュンコ、ミチコ=いずれもファッションデザイナー)の次女として生まれました。当時の女の子は漫画『サザエさん』のワカメちゃんみたいなおかっぱの髪形が多かったんですよ。でも3姉妹ともまったく同じ髪形だったらやはり変だし、嫌ですよね。互いのライバル心もありましたから、自我が芽生えて成長するにつれて、姉のヒロコは髪を結って上げるスタイルに、妹のミチコはロングヘアになっていった。だから、私も姉や妹とは絶対に違う髪形にしようと思って、中学生のときにあえてショートのボブヘアにしたんです」

――昔の写真を見ると、スタイルがほとんど変わっていませんね。

東京・赤坂のディスコ「MUGEN」で(1972年)

「実は心のなかでずっと憧れていた人物がいました。パリで『モンパルナスのキキ』と呼ばれていたアリス・プランという伝説的な女性モデルです。画家の藤田嗣治やアメデオ・モディリアーニ、写真家のマン・レイらのモデルを務め、歌手、女優としても一世を風靡した人物で、マン・レイの愛人でもありました。そのキキがショートのボブヘアだったのでまねをしていたんです。私は学生時代に油絵を本格的に勉強し始めていて、様々な本を読んだりして知識を広げていたし、パリに憧れて芸術の世界を夢見ていた。もちろん、若いころはロングヘアにしたり、色を染めたりしたこともありましたが、結局は今の髪形に戻ってしまう。いろいろ試してみた結果、『やはりこれが自分のスタイルなんだ』と悟りました」

海外でも「デザイナーらしい格好」と受け止め

――コシノさんのスタイルが「女性ファッションデザイナーのアイコン」のように受け止められていますね。

東京・西麻布の自宅で(1979年)

「見た目でインパクトがあるから、まねがしやすいんでしょうね。ヘアスタイルやメークだけでなく、腕組みしたポーズとか、顔の表情にも私の独特なスタイルがあるようです。私は女性だから、自分のスタイルを努力して作り上げ、明確に打ち出すことができる。そうすることで『これが自分なんだ』という自信も自然に出てくる。そんな気持ちがブルゾンさんらに何らかの影響を与えていたとしたら大変うれしいですね」

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自分から心に壁を作るのはもったいない
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