新作落語の起点、「ワードハント」 コトバが光る瞬間
立川吉笑
毎週日曜更新、談笑一門でのまくら投げ。師匠から頂いた今週のお題は「光るもの全般」ということで、今週も次の師匠まで無事にまくらを届けたい。
僕、立川吉笑は普段、新作落語を中心に手がけている。
落語には古典落語と新作落語がある。古典落語はその名のとおり昔から大勢の落語家が語り継いできた伝統的な演目で、新作落語は新しく自分で作った演目である。
優れた古典落語がたくさん残っているにもかかわらず、わざわざ新作落語を作ることには勇気がいる。わざわざ好き勝手に新作落語を作っておいて笑いをとることができなかった場合は、その責任が全て自分に返ってくるからだ。
そんな中、手前味噌だが僕は、アイデアが光る「独特な切り口」の落語を持ち味としている。キャラクターや会話の技術などでお客様を楽しませるというよりは、これまで落語では語られてこなかったような物事を落語にすることで他の落語家と差別化を図っている。
例えば『ぞおん』という落語。トップアスリートは大事な場面で集中力が極限に達したとき、ゾーン状態に入ることがあるという。ゾーンに入れば普段以上の能力を発揮することができるらしい。いわく、ボールが止まって見えたり、鳥になった感じで空からコートを見下ろすように仲間の位置が瞬時に把握できたり。
『ぞおん』は大店の番頭さんがゾーンに入るという話。ゾーンに入って普段以上のパフォーマンスを発揮する番頭さんを、奉公人たちが必死でゾーンから「出す」物語。
『くじ悲喜(くじびき)』という落語は、くじ引きのくじを擬人化した落語。くじを引く男や受付スタッフがいる外世界のレイヤーと、残り3枚のくじたちがいる箱の中世界のレイヤーとに分かれていて、箱の中では残り3枚のくじたちが自分らは一体なんの商品なのかを話し合う物語。
これらの落語は現時点での僕の代表作で、ここぞという場面で演るようにしている。
僕は今、落語家としてまだまだ若手の7年目である。とはいえ、この7年間で作ってきた上記のような落語が、今の僕に大きくのしかかってくる。最新作が最高傑作であることは作り手にとって理想的な状態であるけど、これまでの蓄積が増えるにつれてそこの壁がどんどん高くなってしまう。
ということで今回は、アイデアが光る落語を作りたいと日々頭を悩ましている僕が、今まさに作ろうとしている落語について書こうと思う。
その1『猿ワン』
インタビューなどで記者の方から
「ネタっていつ思いつくんですか?」
と聞かれることがあるけど、それは僕が教えてもらいたいくらいだ。
これまで何十本も新作落語を作ってきたけど、ひらめきの瞬間はいつだって突然だ。
「ワードハント」と呼んでいる、ネタに広がりそうな言葉集めは日課のように取り組んでいて、日々のワードハントでストックした言葉からネタが生まれることは少なくないけど、一つの言葉がネタに昇華する瞬間に働く力がどういうものかは、いまだにわかっていない。
ワードハントで見つけた「ゾーンに入る」という言葉から、突然「ゾーンから出す」というアイデアを思いつく。その瞬間はまさに頭の上で電球がキランと光るような感覚がする。
『くじ悲喜』の場合は、「くじ引き」という言葉を目にして、「引き」を「悲喜」に置き換えられるな、と思ったことが着想の第一歩だ。「くじの世界の悲喜こもごもってどんなのだろう?」と想像するうちに一つのネタになった。これも、なぜそう思ったのかは説明できない。
何本作っても、絶対的な公式のようなものが見つからないからネタ作りは難しいし、だからこそ楽しかったりもする。
今、考えているネタの一つに『猿ワン』というものがある。
桃太郎。ようやく鬼ケ島に到着した桃太郎と犬・猿・キジ。
「ここまで来られたのはみんなのおかげだ」
「そんなことないワン。桃太郎さんの力だワン」
「いや、みんなのおかげだ」
「そんなことないキー。桃太郎さんのおかげだキー」
などと、これから始まる鬼との戦いの前に木の陰で雑談をしている。
そんな中、桃太郎が急にあることを指摘する。
「今さら言うことじゃないけど、どうしても気になることがあるから言うわ。おい猿!」
「なにワン?」
「犬もだ!」
「なにキー?」
「お前たち、語尾が逆だろ!」
猿の語尾が「ワン」で、犬の語尾が「キー」だったらしく、桃太郎は気持ち悪いから、猿が「キー」、犬は「ワン」にしろと言う。一方、犬と猿は語尾がどうあれ自分たちは犬であり、猿であるから問題ないと主張する、というようなネタ。
アニメなどと違って実際に犬とか猿とかの姿が見えないから表現できるミスリードの手法は、落語の特性を生かせている証しなので、何とか一本のネタにしたいのだけど、まだ物足りない状態なのが本当のところだ。
例えば「キジの語尾をさらにおかしくする」「おじいちゃんもついて来ていることにしてその語尾を変える」「語尾を矯正しようとしておかしなことになる」「犬の話の中に出てくる猿の語尾はどうなるのか?」「鬼の語尾は?」「例えば犬が裏切って鬼側についたら、関係性の変化に伴ってその瞬間に語尾が変わる?」など、いろいろな展開案はすでに思いついているけど、そのネタにとって最適な展開がどれかを検討するのがなかなかに大変だ。
ただ笑えるだけでなく、できれば「語尾とか口調がどれだけその人のアイデンティティーに関係しているのか」みたいなところまで思考がたどりつけたらベストだと思っているから、なおさら大変な作業でもある。
その2『黄色い歓声』
「黄色い歓声」があるなら、黄色い「罵声」があってもいいはずだ、というところから考え始めているネタ。
例えば「黄色い罵声」と「黒い声援」ではどちらがうれしいのだろうか。「黄色いヒソヒソ声」はどんなの? 「黄色い内緒話」は?
そういえば「声変わり」ってあるから、途中で声の色が変わる? あっ、そもそも「声色を変える」って言葉があるなぁ。
などと、あれこれ連想していく。
このネタはまだワードハントから少しだけ進んだ状態でしかなくて、これから上記みたいに「黄色い歓声」についてそれこそ「色々な」ことを考えて、ある程度要素がそろってきたらそこからネタにするため具体的に作り始める。
このネタのブレークスルーの瞬間がいつくるかは分からないけど、とにかくまだネタにするには足りてないことだけは分かっている。
こんな感じで僕は常に新作落語の題材が頭の中にあって、アイデアが光るネタを作るため、日々考え続けている。
8時間考えて、一切何も思いつかないことなんかもざらにあって、そんなときは「何やってるんだろう?」とめちゃくちゃむなしい気持ちになるけど、考え抜いて作った自分の落語でお客様が笑ってくださる快感が忘れられなくて、今日も一人頭を悩ませている。
(次回10月29日は立川談笑さんの予定です)
本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。出囃子(でばやし)は東京節(パイのパイのパイ)。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、『デザインあ』(NHKEテレ)のコーナー「たぬき師匠」でレギュラーを務めたり、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載したり、多彩な才能を発揮する。
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