一方、私は、お世辞にも恵まれているとはいえない環境で、十分な練習もできず、試合の度にかつてのライバルに差を付けられていました。スポーツより勉強を選んで海城に入ったのだからある程度は仕方ないと思いつつも、陸上を続ける意欲は急速に萎え、1年の途中で退部しました。

中学からの内部進学組は、中学3年の時に高校1年の学習内容を済ませていた。

東京都新宿区大久保にある海城学園

私たち高校受験組は、最初から周回遅れの状況。しかも、いきなり内部進学組と同じクラスにさせられるので、いやが上にも差を見せつけられました。それでも、高校受験組は各中学のトップクラスの生徒が集まってくるので、ちょっと頑張って勉強すれば、内部進学組にすぐに追い付くことは可能です。実際、頑張ってすぐに肩を並べた生徒はたくさんいました。しかし私の場合は、受験による燃え尽き感もあり、勉強するモチベーションが一向に上がりませんでした。

勉強への意欲がわかず、部活動も辞めた私のエネルギーは、本当は禁止されていたアルバイトに向かいました。普通の家庭でしたので、遊ぶ金は自分で稼がなくてはならなかったし、祖父が2人とも事業をやっていたので、商売人のDNAのようなものもあったと思います。

高校1年の夏から、親にも学校にも内緒でいろいろなバイトを始めました。ビラ配りから、郵便物をポストに投函するポストイン、引っ越し作業の手伝い、海水浴場のライフガード、プールの監視員、ウエイター、いろいろやりすぎてもう覚えていません。バイト情報誌で面白そうなバイトを見つけては応募していましたが、断られたバイトも結構あります。例えば、東京ディズニーランドは、清楚じゃないという理由で、面接で落とされました。

一応、学校にはちゃんと行き、バイトはもっぱら放課後と土日。1カ月10万円くらい、多い月は十数万円くらい稼いでいました。

お金を稼げる以外に、バイトしてよかったなと思うのは、社会体験ができたことです。現場では必ず自分が一番年下なので、社員の方やバイトの先輩から、いつも厳しく指導してもらいました。ライフガードのような人命にかかわる仕事は、特に厳しかった。でも、高校生のうちから世の中や仕事の厳しさを肌で学べたことは、貴重な経験でした。後に、大学在学中に起業する際にも、とても役立ちました。

ビジネス書などの書評を紹介
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら