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キャリアコラム

話せば生まれるコラボ 富士フイルム流のデザイン思考 富士フイルム・オープン・イノベーション・ハブ館長の小島健嗣氏

2017/10/26

富士フイルム・オープン・イノベーション・ハブ館長の小島健嗣氏

近年、ビジネスにイノベーション(技術革新)を起こす手法として米スタンフォード大学から広まったデザイン思考が注目されている。対象の観察から得たアイデアを形にし、改良する工程を人との対話を重視しながら素早く繰り返す方法だ。2000年代初め、デジタル化の波で事業の大変革を迫られた富士フイルムでは、研究者同士の対話にデザイン思考を応用した。化粧品や再生医療などの新分野に進出した今も、その考え方は独自の形で根を広げつつあるという。富士フイルム経営企画本部イノベーション戦略企画部のシニアエキスパートで、新事業の創出を加速するオープン・イノベーション・ハブ館長を務める小島健嗣氏に聞いた。

■異分野交流の環境づくりに注力

――大胆な事業転換の裏で、どのような構造改革があったのでしょうか。

04年に当時の古森重隆社長(現・会長兼最高経営責任者)が、これからは知恵を融合して新しい価値を創ることが重要だとして「融知創新」というコンセプトを掲げました。まずは研究開発の組織体制を大きく変え、写真フィルムで培った技術の棚卸しをして12のコア(核)技術と9の基盤技術を定めました。そして今後は主にヘルスケア、高機能材料、ドキュメントを重点分野とし、技術を組み合わせて新技術を生もうと考えたのです。

富士フイルムのスキンケア化粧品「アスタリフト」シリーズ=同社提供

例えば、スキンケア化粧品「アスタリフト」では有機物を細かくするナノ分散技術が肌に成分を浸透させ、肌の老化の原因となる酸化への対策には写真の退色を防ぐ抗酸化技術が役立ちます。現在は写真フィルムの成分であるコラーゲンの研究を生かし、再生医療にも分野を広げています。

――小島さんはどのように関わったのですか。

当時、私はデザインセンターの一員として、融知創新を実現するためのプロジェクトチームに入りました。知恵を融合するには社内外のコミュニケーションが必要です。そのためには働く場と働き方の両方を変えなければならないだろうと考え、06年に神奈川県開成町に富士フイルム先進研究所を開所しました。専門で分かれていた研究室を200人規模の大部屋に集め、異分野の交流を促すようにレイアウトから工夫したのです。

――働く環境を変えた後、働き方もすぐに変わりましたか。

根本的に変えるには時間が相当かかりましたね。専門技術を守ることを何十年も続けてきたので、コミュニケーションをとる心構えにはすぐ切り替えられなかったのです。そこで、20~30代の若手研究者を対象に、デザイン思考を応用した「タッチゾーンプロジェクト」というワークショップを始め、徐々に対話を促しました。また、技術展示コーナー「タッチゾーンスペース」を所内に作り、社員や来訪者に視覚的にわかりやすく技術を伝えることを始めました。

■「100均」の商品囲んで研究者が対話

――デザイン思考をどのように応用したのですか。

富士フイルムの12のコア技術を展示するオープン・イノベーション・ハブ(東京都港区)=同社提供

富士ゼロックスの経営コンサルティングチームから米デザイン会社IDEOで働いていたデザイナーの石黒猛さんを紹介されたのがきっかけで、石黒さんにIDEO流のデザイン思考法を伝授してもらいました。その後、自分たちでアレンジしたので、いわゆる本流のデザイン思考とは違います。本来はユーザーの行動観察が主となる部分を素材の観察に変えるなど、技術の本質機能を可視化することを目指し、研究開発向けに工夫したのです。運営マニュアルも作り、06年から6年間続けました。4~5人規模で年4~5回、会合を開いたのです。例えば、ある回では参加者が1000円以内という予算を決め、100円ショップなどから好きな材料を買ってきて、じっくり観察し、生まれたアイデアをその場で新たな形にしました。

――そうした練習はビジネスにどのように役立ちましたか。

目に見える形でわかりやすく相手に伝える訓練は社の研究発表大会で役立ちました。研究成果を専門用語ではなく平易な言葉で伝え、サンプルを一緒に置くようにしたのです。すると専門分野が違っても質問したり、連携につながったり、ということが徐々に起きるようになりました。さらに外部の展示会でも同様の工夫をして、研究者が来訪者と直接コミュニケーションする機会も増やしました。

それがオープンイノベーションの考え方を深め、さらに14年のオープン・イノベーション・ハブ開設につながっていきました。コア技術の展示を通じて、お客様の知恵と私たちの技術を融合する共創の場をつくりたいと考えたのです。

――館長を務めるオープン・イノベーション・ハブで、どんなコラボレーションが生まれましたか。

中里唯馬氏の「パリ・オートクチュール・ファッションウィーク 秋冬2017-18コレクション」発表作品。花のようなモチーフは富士フイルムの加飾フィルム=同社提供

最近の例では、革素材に高精度で印刷できる特殊なインクジェット技術の展示を見たヤマハ発動機のデザイナーが、スクーターのシート装飾にその技術を採用し、17年9月に発売しました。また、ファッションデザイナーの中里唯馬さんは訪問をきっかけに我々のフィルム技術をベースに新開発した加飾フィルムを衣装に取り入れ、17年のパリコレで発表しました。いずれも、目に見える形で技術を伝えてきた成果だと感じます。

■「答え」を先に決めない

――オープン・イノベーション・ハブでもデザイン思考は活用していますか。

そうですね。現在はデザイン思考のほか、未来の変化を予見することで課題を逆算して考えるバックキャスト手法といったイノベーション思考を積極的に取り入れています。というのも、デザイン思考を10年前から取り入れてきたのに、実業では直接目に見える成果が出ていないからです。

私たちの例も含め、日本のメーカーは課題設定をした後、ある程度の答えを先に決め、一生懸命その答えに向かってアプローチしがちです。それではデザイン思考をやったつもりでも、実は表面的な問題解決にとどまってしまうのです。そうしたこれまでの経験から、最も重要なのは本来の課題は何か、課題設定を突き詰めることだろうと考えています。

――今後のビジネスに真に必要な「デザイン思考」や「イノベーション」とはどんなものでしょうか。

富士フイルムは、たまたま主要ビジネスを失い、必要に迫られてやってきました。その後、リーマン・ショックや東日本大震災などがあり、ビジネスや社会の環境がいつ、どのように変化するか予測できない時代になっています。これまでは、多くの企業が目標や問題を明確なものとして解決に取り組めばよかったけれど、今後は課題から自分たちで設定していかなければならない状況になったといえるでしょう。

外からは化粧品や医療分野など、当社の新ビジネスがうまくいっているように見えるかもしれませんが、試行錯誤してきた我々としては、そう簡単ではないと感じています。我々も今ようやく課題を見つけ出しつつある、というところですから。

本当のイノベーションとは一度経験したら戻れないような、新しい体験です。個人的には、それを目指すには企業や組織の個人がそれぞれ、まず社会を良くしたいという情熱を持つのが大事だと感じます。実現するにはどうすればいいか、デザイン思考などを活用してコミュニケーションをとっていくことで、真のイノベーションが起きていくものだと思うからです。

小島健嗣
1986年、富士写真フイルム入社。デザインセンターで情報システム等のプロダクトデザインを担当した後、インターフェースデザインなどのグループを立ち上げる。2006年よりR&D(研究開発)の現場でデザインの力を活用した観察とプロトタイプのワークショップを6年間実践。11年よりR&D統括本部技術戦略部で技術広報およびオープンイノベーションを担当。15年3月より現職。

(柳下朋子)

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