日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/11/7

慢性不眠症まで至らなくとも、「枕が変わると眠れない」程度でも心身の健康を損ねるリスクが高まるという気になるデータがある。

例えば、米国の名門ジョンズ・ホプキンス大学の医学生1053名の健康状態を34年間にわたって追跡した研究がある。その結果、学生時代(おおむね20代)から不眠症があった学生はよく眠れていた学生と比べてその後にうつ病になるリスクが高いことが確認されている。ここまでは従来の報告通り。

この研究で注目されたのは、不眠症の診断基準には当てはまらないが、ちょっとしたストレスで眠れなくなることがある学生もまた、うつ病になるリスクがやはり高かったのである。このような学生は、日常で遭遇するささいな出来事で生体警告系が活発になり、気分調節へのダメージがボディーブローのように蓄積するためだろうと考えられている。

眠れない人におすすめのリラックス法

覚醒度が高まりやすい体質を過覚醒傾向と呼ぶ。過覚醒傾向の有無を調べるスケールも幾つか開発されている。睡眠研究領域で最もよく使われるのは米国で作成されたFIRST(Ford lnsomnia Response to Stress Test)というスケールである。日本語版も作成されているので掲載した。

次の状況を体験したとき,あなたはどのくらい眠りにくくなると思いますか? 当てはまる数字1つに○をつけてください。(その状況を最近体験していなくても,当てはまると思う数字に○をつけてください)

FIRST(Ford lnsomnia Response to Stress Test)

当てはまる項目に〇をつけて点数を合計する。合計点数が23点を超えると不眠症の可能性が高い。ただし、22点以下でも点数が高いほど過覚醒傾向が強いといえる。「枕が変わると眠れない」程度の人も10点台後半になるだろう。

先に挙げたストレス反応はすべて交感神経の緊張によってもたらされる。得点が高い人は「自分はストレスを感じやすい体質なのだ」と自覚して、眠りにくい夜、イライラや不安を感じた日は慢性不眠症の治療にも用いられている「漸進的筋弛緩法(ぜんしんてききんしかんほう)」を利用して交感神経の緊張を和らげてはどうだろうか。

漸進的筋弛緩法では、まず椅子に浅く腰掛け、両足を肩幅くらいに開き、目を軽く閉じてリラックスする。首や肩などの筋肉に5秒間ほど力を込めて、その後20秒間ほどストンと力を抜いて血流が回復する感覚をゆっくりと感じるようにする。力を込める部位は、腹部、両手、つま先などでもよく、やりやすい部位を3、4カ所決めて3巡ほど行う。

過覚醒傾向のある人では、うつ病のほか、高血圧や糖尿病、狭心症や心筋梗塞などの心血管系の病気にかかるリスクが高まり、すでに罹患(りかん)している人では症状が悪化しやすいことも明らかになってきている。

生体警告系は生存競争を生き抜くために必要な体の備えなのだが、安全が確保されるようになった現代人にとってはやや厄介な諸刃の剣にもなっているのである。

三島和夫
 1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年10月19日付の記事を再構成]