2017/10/31

リーダーのマネジメント論

――9月に窪田さんが社長から会長となり、常務取締役だったリード・パトリック氏が社長に就任しました。この人事も、会社の置かれた状況、ステージが変わったからですか。

窪田氏は「ある程度ビジネスモデルの完成形に近いところまで来ている」と話す

「菅研究室の片隅の3畳ぐらいスペースに、倉庫から拾ってきた机を持ってきて会社を立ち上げたのが2006年。それからの10年で、第一ステージは終わったのかなと。安定的な黒字体質を作ってきたという意味では、ある程度ビジネスモデルの完成形に近いところまで来ているわけで、僕の役割も一区切りついたと思う」

「パトリックはもともと米ダートマス医科大でバイオケミストリーの博士号を取得したサイエンティスト。東大の先端科学技術センターの特任助教授から、うちの創業2年目に合流し、以来ずっと一緒にやってきた人物。科学者だが、非常にフレキシブルに、我々独自のビジネスモデル、契約スタイルを確立するのに尽力してくれた。特に海外の製薬メーカーとの提携や、ライセンス供与などは彼が一手に引き受けていたし、提携先や提携先予備軍の状況を最も詳しく把握している。だから彼が社長になる人事は社内でもすんなりと受け入れられた」

科学とビジネスの両方がわかる人材を

――次世代の人材教育についてはどう考えていますか。

「ペプチドリームの場合、サイエンティストの質は悪くないし、数もそれなりに揃ってきたかなと思う。一方で、経営がわかる人材というのは、残念ながらそれほど育っているとは言えない。何しろ上場の直前まで、社員は僕以外全員研究者で、営業からマーケティング、庶務、総務までビジネスサイドは僕一人しかいなかったので」

「今後はサイエンスの知識を持ちながら、経営のこともわかる人材の育成や発掘が課題。コンサルティング業界など外部から招くのも一つの選択肢かもしれない。ただ、私が口出しするようなことではないだろう。会長がいつまでたっても、人事に介入するようだと、ロクなことはないから」

――第二ステージに入ったペプチドリームは、パトリック氏に任せて、新たな挑戦をしようということですね。

「特殊ペプチドのマーケットを作るというビジネスの一連の流れの中で、唯一のボトルネックが見つかった。それが原薬(医薬品の有効成分)の製造だ。製薬メーカーがその原薬の製造に非常に苦労をしている。本来そこがスムーズに行けば、特殊ペプチドを提供したペプチドリームにも1年くらいで入ってくるはずの契約金が、2年後、3年後にならないと入ってこないというのは、結局、うちにとってもマイナスだ」

「そこで、塩野義製薬や積水化学工業とタッグを組んで、『ペプチスター』という原薬製造メーカーを立ち上げることにした。日本は医薬品に関して現在、輸入超過で2兆5千億円近い赤字。国内でいい薬が開発されないために、高い医薬品を海外から買わざるを得ない。そういう情けない現状に風穴を開けたいという思いがある。高品質な特殊ペプチド原薬を低コストで安定的に供給できる会社は、世界を見渡してもほとんどない。だからそこに一石を投じようと考えた。将来的には輸出も視野に入れている」

窪田規一
 1953年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部に入学後、社会科学部に転部。日産自動車を経て、検査会社スペシアルレファレンスラボラトリー(現エスアールエル)入社。2000年にDNAチップ開発のジェー・ジー・エスを立ち上げ。06年ペプチドリーム設立。13年にマザーズ上場、15年に東証一部に市場変更。空手、少林寺拳法、居合など様々な武道に通じ、合計11の段位を持つ。

(石臥薫子)