スコッチの源流はワイン? ブドウなしで果実の芳醇を
世界5大ウイスキーの一角・ジャパニーズ(8)
スコッチウイスキーが持つ香味は多彩である。くだもの系、穀物系、乳製品系、スパイス系、脂質系、木質系、ハチミツ様、スモーキーなど実に様々な香味を持っている。それら全ての香味を持っているオールマイティーなものもあれば、何かに突出したものもある。どちらであっても味わいには共通する深みがあり、余韻を感じさせる。
また、個々の香味はバラバラにならず、調和して「クリーンでバランスが良く、複雑で重層的な味と香り」を形成する。この響き合う味・香りに酔いが加わった時、スコッチはたまらないおいしさ、格別の充実感を飲み手にもたらす。ちなみにこのスコッチに比肩する香味特性を我がジャパニーズが持っているのは本当にうれしい。
評価が高まる国産ウイスキーへと至るウイスキーの歴史と魅力をひもとく本連載、今回からスコッチに主役が移る。
例えば「異味・異臭のないこと」という表現は、一般の食品にはお馴染みの品質用語だが、ウイスキーにはすんなり当てはまらない。ウイスキーの香味の中には当初美味に感じられなくても、経験とともに美味・美香と感じられるようになっていくものも多いからだ。
ウイスキーの香味は、アクワイアード・テースト(Acquired Taste)と言われる。行き合って学び、慣れて、身に付いてくるに従って分かってくるおいしさである。その代表例がスモーキーだ。私は今でもラフロイグを初めて口に入れた時の「これはいったいなんだ!」という印象をはっきり覚えている。
最近、食生活はその多様性が信じられないほどの広がりをみせ、それに伴い消費者が経験する香味の種類も過去なかったレベルに達している。現代人は恵まれている。テーストの獲得に以前ほど苦労しなくて済むからだ。
幼いころから、かつては考えられなかったほどの様々な香味と出合う。例えばコーヒーだ。あの苦味に小学生の時から親しむ時代が来るとは以前なら想像もできなかった。辛さもそうである。チーズやスパイスも若年から親しむことも多い。
そうやって開発された味覚の持ち主が世界中に「おいしさ」を探し歩く。グルメブームだ。その波はスコッチにも押し寄せている。例えばウイスキーオークション。競りにかけられる年代ものの落札価格は高騰している。
この旺盛な需要への増産対応、環境保護の動きなど、スコッチウイスキーを取り巻く状況の変化が、伝統的な原材料や製法に影響してきていることは事実である。
スコッチも変化しているのだ。
前置きが長くなったが、スコッチウイスキーの歴史や製法を知り、このあと登場するジャパニーズウイスキーと比較することは、ウイスキーがどんな性格と含蓄を持った酒なのかを理解するのにまたとない機会となろう。
さあ、本題に入ろう。
連載第3回で「スコッチウイスキーに関する最古の公式記録は、1494年のスコットランド王室の出納簿である」ことを紹介した。王(ジェームズ4世)が修道士にウイスキーをつくらせるための原料麦芽の受け渡しの記録だ。修道院ではまずエールをつくり、それを蒸溜してウイスキーにしていた。
当時はエールにはホップを使っていなかった。ホップの苦味成分の獲得に必要な麦汁煮沸工程もなかった。粉砕した麦芽をお湯と混ぜ、糖化、濾過後、酵母が弱らない温度まで冷やした後、酵母を加えて発酵させる。乳酸菌も増えてくる。それは、500年を経た今日のモルトウイスキー蒸溜所の麦汁製造、発酵工程と基本的には変わっていない。ウイスキーづくりとは、事実上エール醸造所に蒸溜釜が持ち込まれて行われたと言ってよいのである。
ずばりその通りの歴史を持つ蒸溜所もいくつも残っている。グレンモーレンジ、グレンマレイ、トーバーモーリなどである。エール醸造所があった敷地に蒸溜所が建てられた例としては、これも第3回で紹介したミルトンダフ、またグレンギリー、タリバーディンなどである。
このスコットランドのエールとはどのようなものであったのか? そのエールを蒸溜した蒸溜液はスコッチウイスキーにどのような特徴をもたらしたのだろうか?
エール、今や日本でも身近な存在となったことに感慨を覚える。「エール」「ピルスナー(ラガー)」を比較してみる。たちどころに分かるのが香りの違いである。「エール」には花の香りや華やかな果実の香りが豊富にある。「ピルスナー(ラガー)」にも果実香はあるが、もっと強いのは麦の香りである。
味をみる。「エール」には酸味と甘さが合わさった果汁的な味わいがあることが分かる。「ピルスナー(ラガー)」の持つ麦の旨味とは異なり、ワインのような感じさえする。
ワインは現在も多くの人々に愛され、広く飲まれているが、古代より最も求められる酒であった。しかし、麦と違いブドウは寒い地域では栽培できないので、それらの地域はワイン産出圏からの輸入に頼らなければならなかった。
英国諸島は今でこそ温暖化によってワイン産業が伸び始めているが、今から500年前は大陸や諸島からの輸入に頼っていた。英国諸島の一角を占めるスコットランドも例外ではなかった。だがスコットランドには大きな特権があった。フランスとの同盟である。「オールドアライアンス」と呼ばれ、イングランドに対する攻守同盟で、1295年に締結された後1560年まで続いた。
この同盟に基づき、スコットランドは何度かイングランドと戦うことになる。象徴的なのが1513年の「フロドゥンの戦い」である。スコットランド王ジェームズ4世は、イングランド王ヘンリー8世と平和条約を締結し、8世の姉、マーガレットと結婚までする。しかし、イタリアの支配権を巡る紛争でヘンリー8世がフランス王ルイ12世に宣戦布告し、フランスに侵入すると、同盟に基づきジェームズ4世はイングランドに侵攻する。
イングランドとスコットランドの間で戦われた歴史上最大のこの会戦で敗れたのは軍備に劣るスコットランド軍で、しかもジェームズ4世は会戦で落命した連合王国最後の王となってしまう。この後、ジェームズ4世の息子の5世も、戦場でこそなかったもののイングランド出兵が原因で命を落としている。
同盟に忠実であったこのようなスコットランド側の誠意は歴代のフランス王にも通じ、フランスは多くのスコットランド人の出稼ぎや留学生を受け入れた。スコットランド人の傭兵は有名であった。例えば百年戦争でも、ジャンヌ・ダルクが率いた兵士を始め、イングランド軍相手に大活躍した兵士の多くがスコットランド人の傭兵であった。
こうして、文化・社会的にスコットランドはフランスから多くの影響を受けた。その1例だがスコットランドではイングランドにはないフランス語由来のボキャブラリーがたくさん残っている。
こうして両国関係の緊密度が高まり、何とフランス王がスコットランド国民にフランス国民と同等の権利を認めたのである。その権利を最大限に行使したのが、フランスワインの調達においてであった。
スコットランドとフランスワインの深い関係の始まりで、スコットランド人の味覚はフランスワインによって磨かれる。この極めて特別な状況によってワインの味わいがスコッチウイスキーのおいしさの源流になったのではないかと考えている。
ワインを蒸溜した訳でもないスコッチがワインの持つおいしさをそこはかとなく身に付けるに至る。そのことにエールがどれほど貢献しているかを直感するのに打って付けの1本がある。「デュシェス・ドゥ・ブルゴーニュ」というベルギーのレッドエール、今回お奨めの逸品である。麦の酒がブドウの酒をどこまで表現できるか、その可能性を認識してほしい。
ベルギービールの専門店ならたいてい在庫がある。色、そして味、香りに皆さんがどのようなインパクトをお感じになるか楽しみである。ただし、レッドエールがスコッチウイスキーの原料になっていたという証拠は見付かっていない。
(サントリースピリッツ社専任シニアスペシャリスト=ウイスキー 三鍋昌春)
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