ハイヒールで美しく歩く 健康にもプラス、気品の所作
自分の体を思いやることも、大切なマナーの一つ。中でも、基本的な所作である「美しい歩き方」は、美しいだけでなく体にとってプラスが多いのです。ドラマや映画のマナー指導なども広く手掛けるマナーコンサルタントの西出ひろ子さんが、健康にもつながる「立つ・歩く」の気品ある所作についてお伝えします。
美しい歩き方をすると呼吸が深くなる
以前、食べることは自分の体に対するマナーであることをお話ししました。今回は、自分自身の体に対するマナーとして、歩き方がとても重要だということをお伝えしたいと思います。
毎日パソコンに向かって仕事をしていますと、知らぬ間に首が前に出てしまったり、気がつけば猫背になっていたり、脚がむくんだりします。こうした悩みを解消するにはどうすればいいのか試行錯誤しておりました。そんな中、10年以上前から実施しているマナー講座の一つのカリキュラムにある「歩き方」を、私自身がいま一度、専門家に学んでみようと思い、体験してまいりました。
今回、私が学ばせていただいた先生は、欧米の社交界にご自身が身を置かれ、貴族の方々などと日々、交流されている臨床心理士の松田さと子先生です。そこで私は衝撃的かつ、感動的な効果を体感しましたので、皆さんにもお伝えしたいと思います。
英国では、英語の発音と立ち居振る舞いによってその方のバックグラウンドが判断されるといわれ、ことに歩き方はとても重視されます。パーティーのときなど、ロングドレスを着ていても歩き方が美しくないとそれは一目で分かるため、社交界にデビューする方は事前にフィニッシングスクールに通ったりして美しい歩き方やマナーを習得します。これは女性に限ったことではなく男性も同様です。
これから年末年始に向けて日本でもパーティーシーズンになります。秋は結婚披露宴も多い季節です。これらにはハイヒールをはいて出席なさる人もいらっしゃるでしょう。しかしハイヒールをはくと体が安定せずグラグラしたり、前かがみになったりして、美しく歩けている自信がないという声をよく耳にします。ヒールで美しく歩くというと、ファッションショーのモデルのような歩き方を想像する方もいるかと思いますが、実はちょっと違います。
今回、私が習得した美しい歩き方を練習すると、自然と姿勢がよくなります。驚くことに歩き方のレッスンの翌朝、起きた瞬間に、頭の先から腰までがしっかりとまっすぐになっていて、とても気分がよかったのです。このことを先生にご報告すると「歩き方を練習したことで、姿勢がよくなると同時に横隔膜が開き、深い呼吸ができるようになったからです」ということでした。なるほど! 深い呼吸ができるようになって、脳に送り込まれる酸素量が増え、気分もよくなったのでしょう。
その後、教えていただいたことを常に意識して歩くようにしたら、体も気分もすっきりして、仕事や家事の効率が上がりました。
それでは、美しさで一目置かれるだけでなく心身もすっきりする歩き方と、その練習法をお伝えしましょう。
上半身はまっすぐ 腰に乗っていくイメージで
最初に、以前もお伝えしましたが基本の立ち方です。平らな壁に頭の後ろ、背中、お尻、かかとをつけて立ち、膝と膝を軽くつけ、少しあごを引きます。背中をつけるとき、腰と壁の間は手のひら1つ分の隙間になるよう意識します。そのまま一歩前に出た状態、これが正しい立ち姿勢です。
立つときに、足の筋肉は必ず内側に寄せるように意識してください。外側に寄せるとO脚になりますから要注意です。普段の立ち姿勢と比べてみていかがでしょうか。いつもはかなり前傾姿勢になっていることを感じられると思います。
次に歩き方です。片方の足を前に出し、着地する足の上に腰と上半身を乗せていく感じで重心を移動します。私はこれがなかなかできずに、先生から何度もご指摘をいただきながらトレーニングをいたしました。足だけを前に出すのではなく、腰から出していくのです。
ヒールをはいているときは、かかとだけ先に着地するのではなく、つま先とかかとを同時に着地させることがポイントです。3センチくらいのローヒールの場合は微妙にかかとから降りますが、7センチ以上のヒールでは同時着地となります。着地したら、後ろ足の母指球で床を押し、前足に腰から上の体重を全部移動させます。
前足に体重が全部乗ったら後ろ足は膝の力を抜きますので自然に曲がります。後ろ足を前に出し、また同じように腰に上半身を乗せていくイメージで歩きます。
そして、エレガントにみせる歩き方のポイントは膝です。歩くときに両脚が開かないように、膝と膝をすり合わせながら交互に前に出します。上半身がフラフラと左右や上下に動かないように、頭と肩、腰の位置は常に一定になるようにします。
歩くときは自分の前に一本の線があると考え、かかとから親指に向かう骨が一本のライン上を通るイメージで歩きます。モデルウオークだと右足と左足をやや交差気味に歩くイメージがありますが、実はこれは、腰から左右の脚を交互に出していくとそういう歩き方に見えるだけなのだそうです。左右の足はまっすぐに出しますが、膝は離れないように意識します。
つま先立ちのトレーニングでバランス感覚をアップ
この歩き方を練習してみて、生まれてこのかた、腰から脚を出せていなかった自分が恥ずかしくなりました。それはまるで、お箸を正しく扱えていないのと同じような感覚でした。何事も我流ではなく、しっかり基礎基本を教わる大切さをあらためて実感いたしました。
そこで、美しく歩くためのトレーニング法もお伝えいたします。これは体重移動の練習になり、ハイヒールをきれいにはきこなすための筋肉をつけたいときにおすすめの方法とのことです。
はだしになって、つま先立ちをします。足の筋肉を内側にぎゅっと寄せることを意識します。外側に筋肉が寄るとO脚になってしまうので気をつけてくださいね。そして、片方の足の膝を曲げて90度、上げます。その足をそのまま前に下ろしますが、そのときに腰から上半身も同時に重心移動します。腹筋に力を入れ、上半身が腰に乗っている1枚の板になったつもりで、上半身が揺れないようにします。次に反対の足を同じように膝を曲げて90度持ち上げ、前に下ろします。両足はずっとつま先立ちをしたままです。
家の中でできますので、例えば朝の家事をする間だけこういう歩き方をしてみるなど、試してみてはいかがでしょうか。毎日少しの時間でも続けてみると、体のバランスがよくなると同時に、気持ちのバランスもとれ、よい循環になるのを実感できると思います。
歩き方一つで優雅に 美しい姿勢で体の軸を感じて
前回のアフタヌーンティーの記事では、ゆっくりと話すことで気持ちに余裕ができるとお伝えしました。今回ご紹介した歩き方だと、面白いことに、早歩きができないのです。話し方同様に、ちょっとゆっくりめに歩くと何となくゆとりを感じ、優雅な気持ちになれます。いつも急いでセカセカと早歩きをしていると、心にゆとりがなくなり、気持ちまで騒がしく感じます。
お辞儀をするときも同じですが、立つとき、歩くとき、頭の先から腰までは常にまっすぐが基本です。マナーとしてこれをいつも意識していると、自分の中に1本、筋が通っている感覚が育ってきます。それがぶれない自分自身のようで、ある種の自信につながっていきます。
デスクワークが多い方は、体がどちらかにゆがんでいることが多いものです。バランスが崩れると、どこかが痛くなったり疲れたりして、よい発想も生まれにくくなります。1日のうち、思い出したら5分でも10分でも試してみると、きっと違いを実感されると思います。
美しい歩き方で心身のバランスを整え、深い呼吸をして、自分自身の体へのマナーとしていたわってあげてください。自身の状態がよければ、それは周囲にも伝わり、互いに思いやることのできる環境が生まれ、そこに安堵感やささやかな本物の幸せを感じることができると思います。
マナーコンサルタント・美道家。英国の民間企業WitH Ltd.ウイズ・リミテッド日本支社代表を務めたのち、ヒロコマナーグループの代表として、ウイズ株式会社、HIROKO ROSE株式会社、一般社団法人マナー教育推進協会を設立。企業などでの研修・コンサルティング、マナーを軸に健康、美容、ファッションなどトータルな人材育成、人材プロデュースを行う。洋食・和食・アフタヌーンティーのマナー講座なども実施。著書は70冊以上、最新刊に「かつてない結果を導く超『接待』術」(青春出版社)。
(イラスト:YAB)
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