「ワガママな」新浪剛史氏を変えた慶応体育会時代サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏

結構ケガもしていたんです。まず、高校1年の途中、腕を折りました。練習中にふっとんで、複雑骨折した。左腕に鉄の板を入れて補強して、また取り出すという手術をして、高校1年の後半を棒に振ったんです。先生は止めたんだけど、鉄の板を入れたまま無理して練習していたら腫れてしまって、1年の後半はほとんどバスケットができなかった。とはいっても、高校生だからすぐに骨はついちゃうんだけどね。腕は治ったけど、左膝も壊していた。膝は結局、4回手術したんです。これはもう、膝はだめだなあって。慶応に進学したあともバスケ部にも誘われたんだけど、もういいや、と思った。

「高校に入ってからまた勉強しなくなっちゃっていたんですよね」と話す新浪氏

ところが、僕は高校に入ってからまた勉強しなくなっちゃっていたんですよね。1学年400人中380番くらい。立派な成績ですよね……(笑)。3年になってから、少しは勉強して。バスケットの練習やりながら、時間を見つけて模試を受け、夏前には真面目に勉強するようになりました。

中学時代のような、「早寝早起きして勉強する」規則正しい生活に戻ったんです(笑)。どちらかというと僕は理科系、数学や英語が得意で、国語は苦手でした。外交官になる夢をかなえようと勉強して、学年で30番までになったんじゃないかな。でも結局、自分の一番行きたい学校には行けなかったんですけどね(笑)。

チームプレーの苦手な選手だった高校時代。マネジャーになった大学時代に、「支える」楽しさを学んだ。

高校時代の僕はチームプレーの苦手な選手でした。みんなディフェンスの練習をしているのに、自分だけシュートの練習するようなね。チームを支えるために何かをする、という気持ちもまったくなかったし、向いてなかった。本当に自分勝手だった。部員は11人いて、全員がレギュラーにはなれるわけじゃない。なんであんないいかげんなやつが、とずいぶん嫌われていたと思います。

変わったのは、大学に入って体育会・器械体操部の主務(マネジャー)をやったことがきっかけでした。バスケットはもういいや、と思っていたんだけど、自分は規律のなかにいないとダメだなと思い直して体育会的な組織に入ろうと考え、器械体操部に入りました。そのなかでやったことがないものをやろうと。そこでプレーではなくて、主務をやることを決めた。

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