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ヒットの原点

Gショック1億個、伝説はたった1行の企画書から カシオ計算機(上)

2017/10/19

「時計は感性が必要とされる商品です。中身を作ってからデザインする手法ではいいものは作れない。落としても壊れない時計を作るプロジェクトは、新しいやり方を試すいい機会だと思いました」(増田氏)

カシオ計算機の取締役専務執行役員で時計事業部長の増田裕一氏

増田氏は社内デザイナーの二階堂隆氏(のちに退社)に声をかけ、伊部氏と3人でチームを組み、設計部の上司に了承を得た。

「当時、そんな言葉は使っていませんでしたけれど、今でいうところのコンカレント方式で進めていくのがいいと思ったんです」(増田氏)

コンカレント方式とは、設計、試作、生産などの各工程を担当する部門が情報を共有し、複数の工程を同時並行で進めていくものづくりの手法だ。増田氏は当初、伊部氏をリーダーにと考えていたが、「全体のコーディネートをするのは企画の人間がいいだろう」という声が社内からあがり、増田氏がプロジェクトのリーダーになった。

■袋小路を抜け出せた、意外なきっかけ

時計の心臓部を5つの緩衝材で保護する「5段階衝撃吸収構造」を考案するところまでは、比較的順調だった。これでソフトボール大だった実験サンプルは実際に発売された初代Gショックと同じサイズにまで小さくなったが、問題はそこからだった。

「サンプルを3階から落とすと、電子部品が1つだけ壊れるという現象にぶつかりました。壊れた部品を強化すると、今度は別の部品が壊れる。まるでモグラたたきのようで、らちがあかなくなってしまったのです」(伊部氏)

いっこうに解決策が見えず、伊部氏は内心、「90%ダメかもしれない」と感じたという。だが、壁にぶつかって悩んでいることを、チームメンバーにさえ正直に打ち明けられなかった。

「基礎実験もしないまま企画書を出した負い目がありましたから、うまくいかなかったら会社を辞めるしかない、と思い詰めていました。けれど、ほかの2人はそんな私の気持ちを知らないから、『いつになったらできるの?』とか、『もうそろそろなんじゃない?』とか簡単に言うわけです。悪気がないのはわかっていたのですが、ささいな言葉が気に障り、毎日、けんかばかりしていました」(伊部氏)

袋小路を抜け出せたのは、ある偶然のおかげだ。伊部氏が続ける。

「実はそのころ、どうやってこの企画を終わらせるべきかと考えるようにもなっていました」

月曜日の朝、実験サンプルを自宅に持ち帰り、日曜日の朝までと期限を切った。

「土曜日の晩になったときにはこのまま眠らなければ朝がこない、とさえ思いました」

それでも、朝はやってきた。いよいよ期限の日曜日。週が明けたら会社に謝りを入れて辞表を出そうと決心し、部屋を片付けるために休日出勤をした。

「それでも諦めきれなくてですね。未練たらしく実験をしていました。社員食堂が開いていないから、お昼を食べに外出したんです。そうしたら、会社に戻りたくなくなってしまいました」(伊部氏)

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