PIXTA 長い人生、気になるお金。できることなら、将来のマネープランを見通せないものか――。マネー研究所は、金融機関向けのソフトウエア開発などを手掛けるAFGの協力の下、実在する企業の給与や退職金、年代別の生活費、家賃、年金などの各種データを用いて試算。誰もが気になる「人生にまつわるお金」を、リアルなデータに基づいて明らかにする。7回目のテーマは定年退職。年収700万円の世帯が定年でリタイアした後、再就職せずに家計は回るのか。生涯収支をシミュレーションした。
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大手家具メーカーで係長を務める貴之(40歳)。都内に念願のマンションを手に入れ、妻・知美(38歳)と高校生の息子(15歳)、小学生の娘(11歳)とともに暮らしています。入社時にお世話になった先輩社員が退職したのを機に、自らのリタイア後について考え込むようになりました。
イラスト:PIXTA(以下同)貴之 俺ももう40歳かあ……。月日が流れるのは早いもんだな。
知美 どうしちゃったのよ。まだ老け込む年じゃないでしょ、シャキッとしなさいよ!
貴之 いや先日、会社で高倉さんの送別会があったんだよ。そうそう、入社してからずっとお世話になってた、あの面倒見のいい人。定年退職されるっていうんで、「じゃあこれからは悠々自適の毎日ですね」って話しかけたら、「君、今はそんな時代じゃないよ。住宅ローンも残ってるし、しばらくは雇用延長で働くよ」って言われたんだよね。それを聞いたら何だか不安になってきて。
知美 確かに、うちもマンション買っちゃったから貯金はほとんどないもんね。まあ、貴之の定年まであと20年もあるし、何とかなるんじゃない?
貴之 そうかなあ……。「老後貧乏」の四文字がちらついて、何だか落ち着かないんだよ。
知美 じゃあ、大丈夫かどうか聞いてみようよ。私の友達の佳奈ちゃん、そういうのに詳しいんだ。え~っと、スマホの番号は、っと……。
『あ、佳奈ちゃん? ちょっとウチまで遊びに来ない? 相談したいことあるのよ。えっ、30分後には来られるって? ありがと! 細かいことはメールしとくね。じゃあまた後で!(ピッ)』
……というわけで30分後に佳奈ちゃんが来ます。失礼のないようによろしく。
貴之 (展開が早すぎてついていけない……)
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佳奈 初めまして、貴之さん。知美さんの友人の佳奈です。知美さん、久しぶりね。
知美 ありがと佳奈ちゃん! うちのダンナがどうしても佳奈ちゃんに会いたいって聞かなくって~。
佳奈 ……さっきのメールには、定年退職後のライフプラン関係の話だって書いてあった気がしたんだけど?
知美 あはは、冗談、冗談♪ ウチの老後って大丈夫なのか、ちょっと教えてほしくって。
佳奈 ……分かったわ。メールによれば、貴之さんの年収が600万円、知美さんがパートで年収100万円。つまり世帯年収は700万円ね。35歳でマンションを購入して、その際に住宅ローンを4000万円借り入れ(金利0.57%)、生活費やローン返済金額などのデータはメールでいただいた通り、と。現在の貯蓄は300万円ほどね。
貴之 はい、マンションの頭金に貯蓄を回したので、そんな感じです。よろしくお願いします。
佳奈 では、ちょっとお待ちください。タカタカタカタタッ、ターン!……っと、完了。
貴之 はやっ!
佳奈 結論から言うと、貴之さんが60歳の定年でリタイアするのは厳しいかと思われます。
貴之 えっ! 本当に?
佳奈 はい。けど、乗り切る術(すべ)はあるし、悲観することはないと思いますよ。詳しく見ていきましょう。
■60歳でリタイア、74歳で破綻
佳奈 まず現在の収入だけど、世帯年収が700万円だったわね。税引き後の手取りは605万円ほどで、月に直すと50万4514円(年間12万円の子ども手当を含む)。一方、現在の基本生活費(食費や日用品の購入など)は月額24万円。住居費が14万1750円(うち住宅ローンが月11万1750円、マンション管理費が月3万円)。さらにお子さん2人の教育費が月12万円ほどで、トータルで50万848円。これだけだとトントンだけど、家電やスーツの買い替え、旅行などのイベント支出で年35万円を消費しているので、月々2万6000円ほどの赤字が出ている状態ね。
図1 貴之さん(40歳)・知美さん(38歳)の世帯年収と年間支出貴之 えっ、赤字だったの? 世帯年収で700万円もあれば余裕あるだろうと思ってた。
知美 何言ってるのよ! これでも一生懸命やりくりしてるんだから!
佳奈 総務省の「家計調査」(2016年)によれば、40~44歳で住宅ローンありの世帯(世帯人数3.92人)の平均年収は725万5152円で、そう大きく変わらない水準ね。他方、月の支出は42万4898円と、お二人の家計と比べて7万6000円ほど少なくなっているの。
貴之 つまり、うちは収入こそ平均並みだけど、支出は多いってことか。そりゃ赤字にもなるな。
佳奈 お二人の場合、都心に住んでいることもあって、やはり住居費が高めかな。平均世帯の住宅ローン支払額は月8万9579円。お二人は平均よりも2万2000円ほど多く支払っていることになるわね。あとは教育費。平均(3万3857円)よりも8万5000円ほど高めよ。
貴之 うーん、都心のマンションの相場を考えると、住宅ローンが高めになるのはしょうがないかな……。
知美 教育費だってそうよ。上の子が高校に入ってから塾に通わせるようにしたじゃない? それで月に5万円プラスよ。下の子も高校生になったら、同じだけかかると思ってちょうだい。
佳奈 教育費に関しては、子供の年齢によって大きく変わるので、平均と比較してもあまり意味がないかもしれないわ。高校生から大学生のお子さんがいると、一気に上がるから……。お子さんを大学まで通わせるかどうかでも、教育費は大きく変わってくるし。実際、45~49歳で、同じ住宅ローンありの世帯のデータを見ると、教育費が6万895円と倍増しているわ。
貴之 なるほど。うちは二人とも大学まで通わせたいから、この支出もやむなしというところか。
佳奈 さて、そろそろ本題に戻りましょうか。現在の状況のまま貴之さんが定年を迎え、そのまま退職。退職金(想定2250万円)の半分ほどを使って住宅ローンを完済するとしたわ。さらに、2年後に知美さんも60歳でパートを辞め、完全にリタイア生活に入った場合のシミュレーションがこれよ。
図2 貴之さんが60歳で定年退職を迎え、そのままリタイア。知美さんも60歳でパートを辞めた場合の生涯収支。住宅ローンの残金は退職金で一括返済するとした
図3 夫婦ともに60歳でリタイアした場合の金融資産の推移。貴之さんの年金が出る65歳までの間に資産を大きく取り崩すことになり、74歳で貯蓄が底をつく
貴之 えーっと、現役時代は黒字だけど、リタイアしてからはガンガン貯蓄が減っていって、僕が74歳の時にマイナスに転じるのか。厳しいっ!
佳奈 このシミュレーションでは、リタイアしてからの基本生活費を現役時代の80%としたの。およそ月に21万円ほどね。ここにマンションの管理費やイベント支出を加えて、月平均の支出は貴之さんが60歳時点で27万円としたわ。ちなみに物価の上昇も考慮して、基本生活費は毎年0.5%ずつアップすると想定しているの。
知美 ちなみに、定年後の支出ってどのくらいが相場なの?
佳奈 前出の家計調査で「高齢者がいる世帯」のデータをみると、世帯主が60~64歳で無職の場合は月の支出が26万8628円、65~69歳は26万7446円。なので、リタイア後の支出は月額27万円程度といっていいんじゃないかしら。65歳まで働いている世帯の場合は、月35万4334円とやや多くなるわね。
貴之 なるほど、じゃあうちも平均並みっていう想定なんだ。
佳奈 他方、収入については、貴之さんが65歳以降の年金収入が手取りで月額16万6000~17万円ほど、知美さんは6万~6万4000円ほど。合計で約22万7000~23万4000円になるわね(年齢により健康保険の掛け金が変わるため、手取り額が変動)。結果、貴之さんが65歳以降は月に4万~7万円程度の赤字が出る結果になったわ。
知美 ねえ、よく見ると定年直後の赤字額、すごいことになってるわよ。61~64歳の4年で1350万円ものマイナスが出てる。これだけで退職金の残りを使い切っちゃうのね。
貴之 やっぱり老後貧乏まっしぐらか~。すまない知美、俺がふがいないばっかりに!
佳奈 えーと、ちょっと落ち着いてもらってもいいですか? 乗り切る方法はちゃんとありますから。
■65歳まで働けば82歳まで貯蓄が残る
佳奈 貴之さんの会社は、定年後の雇用延長制度があると伺っています。65歳まで働けば、年金受給までの「無収入期間」の貯蓄の取り崩しをかなり防げるので、生活が破綻するリスクを大きく下げられるはずよ。
貴之 そっか、だから高倉さんも再雇用で働き続けるんだな。たしか、「年収は大きく下がって300万円ほどになっちゃうけど、働けるだけありがたいよ」って言ってたような。
佳奈 収入が得られるのはもちろんのこと、厚生年金の加入期間が延びるので、年金受給額が増えるのも見逃せないわね。貴之さんの場合、年間5万6000円ほど受け取れる年金が増える計算になるわ。このほか、会社の健康保険に継続加入することになるから、会社が保険料を半分負担してくれるというメリットもあるわよ。
知美 それは家計にも優しいな~。
佳奈 貴之さんが65歳まで働くとした場合のシミュレーションがこちら。給与は年収300万円で、基本生活費は60~64歳までは現役時代の水準を維持するものと想定。さらに知美さんは60歳でパートを辞めてリタイアするっていう前提で計算したわ。これだと貴之さんが82歳まで、貯蓄が残る計算になるわね。
図4 65歳まで雇用延長で働いた場合の生涯収支。妻は60歳時点でパートを退職すると想定
図5 65歳まで雇用延長で働いた場合(妻は60歳で退職)の金融資産の推移。貴之さんが82歳までは金融資産が残る
貴之 うーん、定年を迎えたらのんびりしたいと思ってたけど、そこまで甘くはないか。でも、僕が寿命を迎えるまでは何とか持ちそうだな。
知美 ちょっと待ってよ! 男性の平均寿命は約81歳だから貴之はそれでいいかもしれないけど、女性は87歳なのよ。私が平均寿命まで生きたとしたら、ぜんぜん足りないじゃない! ねえ、どうすればいいの? 教えて佳奈ちゃん!
佳奈 知美さんが65歳までパートを続けるのがベストじゃないかしら。こちらがお二人とも65歳まで働き続けた場合のシミュレーション。お二人ともご存命だと仮定して、貴之さんが89歳、知美さんが87歳までは貯蓄が残る計算よ。
図6 夫婦ともに65歳まで働いた場合の生涯収支
図7 夫婦ともに65歳まで働いた場合の金融資産の推移。貴之さんが89歳、知美さんが87歳の時点まで金融資産が残る
知美 あー、よかった。それに、よく考えたらマンションもあるんだった。いざとなったら売り払えば何とかなるわ。
貴之 うう、いま住宅ローンを支払っている立場からすると切ない話だ……。
■貯蓄の一部を投資に回したら?
知美 ところで佳奈ちゃん、来年から「つみたてNISA」が始まるってニュースを見たんだけど、投資で老後資金を増やすことってできるの?
佳奈 株式も投信も元本割れのリスクはあるので、「確実に増やせる」とは言い切れないわ。ただ、世界経済が成長を続けていくという前提に立てば、長期的に資産が増える可能性は高いと思っているけど。
貴之 なるほど、余裕ができたら投資もありかな。佳奈さん、僕らのケースで投資を始めたら、定年までに老後資金の足しになるのかな?
佳奈 ……現時点のお二人の家計では、投資に回せる余力はないかと。
貴之 うっ、手厳しい!
佳奈 仮に、家計に余裕が出てくる53歳から定年直前の59歳まで、7年間にわたり「つみたてNISA」の上限額(年間40万円)いっぱいを使って投資したとしましょう。昨今の市場環境からすると若干高めかもしれないけど、年率5%で資産が増えたとすると、元本280万円に対して利益は20万円ほどになるわね。
貴之 うーん、老後資金がガンガン減っていくシミュレーションを見ちゃうと、ちょっと心もとない金額だなあ。住宅ローンの返済に回した方が確実かもな。
佳奈 やはり元本が少ないのがネックになるわね。同じ条件で64歳まで積み立てたら、元本480万円に対して146万5000円の利益が出る計算になるわ。
知美 そっかあ。やっぱり投資は早めに始めた方が効果が大きいのね。若いうちから勉強しておけばよかったな。
佳奈 あらかじめお断りしておきますが、前提がちょっと変わるだけでシミュレーションの結果は大きくブレます。あくまで参考までってことでお願いしますね。
知美 ともあれ、ありがとう佳奈ちゃん。今のままじゃまずいけど、手を打てば何とかなるって分かったのは大きな収穫だったわ。
貴之 夢なりし悠々自適の生活……。まあ、仕方ないか。よし知美、豊かな老後に向けて、定年後も二人で手を取り合ってがんばろうじゃないか!
知美 あら貴之、あなたがもっと出世して、お給料をがっぽりもらってくるっていう手もあるのよ? それに、子供たちにだってもっとお金がかかるんだし、今からお互いにがんばらないと先がないわよ? ……どうしたの貴之? 返事が聞こえないわ?
佳奈 やめてあげて知美さん、貴之さんのライフはもうゼロよ。
■試算・監修
AFG
金融機関向けのソフトウエア開発やコンサルティング業務を手掛けるほか、個人向けの人生シミュレーションプラットフォーム「シミュライズ」(http://simulizer.com/)を提供。給与や生活費のデータを入力すれば、現時点の生活費などの診断に加えて、将来の収支予測なども提示する。
(マネー研究所 川崎慎介)
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