からすけ 11年先の大会を決めるのは早すぎない? 五輪は世界中から注目されるので、誘致したい都市の間で競争が激しいと聞いていたけど。
大会の大規模化で費用過大に
イチ子 五輪を主催するのは国際オリンピック委員会(IOC)という組織で、このIOCが候補都市から開催地を選ぶのだけど、9月の総会で2024年と28年の2大会の開催地を一気に決めたのよ。2大会を同時に選ぶのは96年ぶり。
からすけ なぜ一度に決めたの。
イチ子 実は立候補する都市が減っていたり、途中で招致レースから下りたりする都市が出たことが原因なの。24年大会には、パリとロスのほか、ブダペストやドイツのハンブルク、ローマと5つの都市が手をあげていたの。でも、3都市が撤退し、立候補はパリとロスの2都市になってしまったわ。これをみて、IOCは28年大会も同じ事態になるかもしれないと心配になり、ならば今の候補都市を割り振ろうと考えたのよ。
からすけ 五輪って人気がなくなったの? 4年前に東京に決まったときはテレビで見ていたボクもドキドキしたよ。東京への招致運動をしていた人は、ライバル都市に勝ってうれし泣きをしていたよね。今回のパリやロサンゼルスでも大騒ぎになったんじゃないの。
イチ子 実は今回は静かだったのよ。2都市が24年でも28年でも誘致したいと考えているとして、2大会にそれぞれを割り振っただけ。だから盛り上がらなかったのね。
からすけ へえ。誰も負けなくて良かったじゃない。
イチ子 ただ、今回のことで、五輪を開催したいという招致熱が冷え込んでいることが分かり、今後の大会運営に影響が出かねないという意見もあるわ。3つの都市が相次いで撤退した最大の理由は、招致に費用がかかりすぎるということなの。
からすけ どうしてお金がかかるの。
イチ子 まず一つの理由は大会の大規模化ね。1896年の第1回アテネ大会は陸上、水泳など8競技43種目で参加選手は241人。その後人気が高まり規模は拡大の一途をたどるの。1984年ロス五輪(キーワード)を機にスポーツビジネスとしてとらえられるようにもなったわ。企業が大会を支援し、選手を使った広告による収入などが生まれ、開催都市にも利益が出始めたのね。ロス以降は商業五輪とも呼ばれるわ。
1984年ロス五輪 国や開催都市からの補助金を投入せず、企業からのスポンサー料やテレビ局の放映権料など民間の資金で運営。無駄な支出も抑え2億1500万ドルの黒字を計上した。商業五輪のきっかけになったとされ、企業が五輪の運営に強く介入し始めるといった弊害を生んだとの指摘も。
五輪アジェンダ2020 IOCの専門委員や外部の有識者がまとめた中長期の改革案。五輪のあり方に関する20の提言とIOCの組織改革についての20の提言からなる。大会のスリム化だけでなく女性選手の参加率を50%に引き上げたり、男女混合団体種目の採用を推奨したりしている。
からすけ 民間のお金で運営できて利益が出るならいいんじゃないの。
イチ子 最初はうまくいっていたのだけど、規模は拡大する一方で、なかなか利益が出なくなったり、逆にスポンサーから見栄えのする過剰な設備を作るように圧力がかかったり、運営都市の財政を圧迫しかねない事情もあると言われているわ。IOCの最大の収入源のテレビ放映権料は右肩上がりだけど、収入を開催都市に回しても経費を賄えないほどになったの。
からすけ お金は何にどれぐらいかかるの。
イチ子 主には会場建設や運営費用、会場周辺の道路や交通機関整備の費用などね。2008年の北京大会は4兆円、14年の冬季五輪ソチ(ロシア)大会は5兆円にもなったわ。
からすけ 東京は大丈夫なの。
イチ子 20年の東京大会は33競技339種目で、参加選手は1万人強。選手のほかに、競技の関係者や応援団も来るわ。当初の見積もりが甘くて2兆円近くかかるとされたけど、切り詰めて今のところ1兆3850億円まで下げたわ。
からすけ 1兆円かぁ。よほど力のある都市でないと厳しいね。
イチ子 資金面だけでなく、世界から人が集まるということで、治安の悪化への懸念やテロの標的になるのではないかとの不安もあるわね。
からすけ IOCは何か手を打たないの。
パリとロス、今ある施設使う予定
イチ子 このままでは五輪が立ちゆかなくなると改革を打ち出したわ。14年の総会で決めた行動計画「五輪アジェンダ2020」(キーワード)よ。既存の施設を使う、簡易な施設にするなどで経費を抑えようと提言。隣国の都市と共催して経費を分担しようとの提言も盛り込んだわ。今回のパリとロスは過去の施設を使うなどで経費を大幅に抑える計画よ。
からすけ 世界のどこでも開かれるといいね。
イチ子 その通りね。「アジェンダ」を掲げても立候補する都市が減っているのは、余力のある大都市しか開けないことの裏返し。五輪のシンボルマークは五大陸を輪に見立てたもの。IOCは改革をさらに進める必要があるわ。

東京都立桜修館中等教育学校の荒川美奈子先生の話 今から81年前の1936年8月1日、ベルリンオリンピックの開会式が行われました。選手団による入場行進、ヒトラーによる開会宣言、祝砲が鳴り響く中での五輪旗掲揚、次々に繰り出される華麗な演出はスタジアムを熱狂の場に変えていきました。
ヒトラーはその3年前にドイツの政権を担ったナチスの力を世界に誇示する舞台として、オリンピックを開催しました。大会会場への鉄道設置やテレビ中継など、今では珍しくない設備や演出はこのオリンピックから始まったともいわれます。
古代オリンピック発祥の地ギリシャから出発する聖火リレーも初めて実施されました。しかし、ヨーロッパ各国を巡ったリレーの経路は、1939年、第2次世界大戦でドイツ侵攻の舞台となってしまいました。近代オリンピックが始まって100年超。オリンピックの意義を今一度考えてもよいのかもしれません。
[日本経済新聞夕刊2017年10月7日付]