不安で眠れぬ夜にも意味がある 嫌な記憶を弱める効用

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/10/24
ナショナルジオグラフィック日本版

PIXTA

強烈でネガティブな体験をした人が、不安を抱えて眠れぬ夜を過ごすことがある。不眠自体は辛いことだが、この不眠には嫌な記憶が脳の中で固定されるのを防ぐ効果があるのではないかと考える研究者がいる。今回は、「記憶の固定」という側面から不眠の意味について考えてみたい。

強い情動を伴うエピソードは記憶に残りやすい

「数学の公式や英単語はなかなか覚えられないのに、一目惚れした女の子の名前やメールアドレスは一発で覚える」

「仕事で訪れた街の様子をほとんど思い出せなくても、宿泊先のホテルのエレベーターの故障で閉じ込められたときの記憶だけはっきりと覚えている」

あるある、とうなずいた方も多いと思うが、一般的に強い情動(感情)を伴うエピソードほど鮮明に記憶に留まることが知られている。

私たちは日々多くの出来事に遭遇するが全てを記憶していては脳のキャパシティーを超えてしまう。通勤途中の何気ない風景、電車で向かい合った乗客の顔、ツマラナイTV番組など忘れても支障がないエピソードは数時間ほどで記憶から消えてしまう。

不安や恐怖、歓喜などの強い情動にともない活発になる脳の「扁桃体」と記憶固定に関わる「海馬」の相互作用によって情動記憶が作られると考えられている。(イラスト:三島由美子)

一方、記憶の一部は長期間にわたって残る。大事なエピソードを取捨選択し、長期間、時には生涯にわたって持続する長期記憶へと変える役割を果たしているのが脳の中にある海馬である。この脳内作業は「記憶の固定」とも呼ばれる。強い恐怖や喜びなどを伴うエピソードの場合は、情動に関わる脳内回路が海馬に働きかけて記憶の固定作業を促すことが分かっている。情動に結びついた確固たる記憶であることから情動記憶とも呼ぶ。

この情動記憶、時には忘れたくても忘れられない忌まわしい記憶となって人を悩ますこともある。「心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder、PTSD)」はその代表である。

学習後に眠ったほうが記憶に残る

PTSDでは大震災や水害、交通事故、幼児期の虐待、性的暴力などの過去のトラウマ体験を思い出させるような場面や音声をトリガーにして、強烈な恐怖感が湧き上がる。このフラッシュバックと呼ばれる現象のために行動半径が狭まったり、うつ気分や不安感が長期間にわたって残るなどして生活の質が大きく低下してしまう。

PTSDを引き起こすようなトラウマ体験の直後には強い不眠が生じることが多い。辛い体験によるごく当たり前のストレス反応だと考えられてきたが、実はこの強い不眠はトラウマ記憶をできるだけ固定しないように一役買っているのではないかと考える研究者がいる。ちょっと唐突に聞こえるかもしれないが、「学習後の睡眠で記憶が向上する」ことを考えるとそれなりに説得力のある仮説である。

「睡眠で記憶が向上する」といってもいわゆる「睡眠学習」ではない。一般的に睡眠学習とは睡眠中に新たな事柄を学習(記憶)することをさし、残念ながら科学的に効果が実証された睡眠学習法は現在まで見つかっていない。それに対して「睡眠で記憶が向上する」とは覚醒中に獲得した記憶を睡眠中にしっかりと固定する現象をさす。

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