日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/10/24

睡眠と記憶の研究は1990年代後半から活発になり、2000年代に入って多数のユニークな研究が行われた。現在科学的に証明されているのは、同じ学習をして同じ時間経過後にテストをした場合、学習後にいったん睡眠をとった方が起き続けているよりも成績が良いということである。

例えば、朝に無関係な単語のペアを多数記憶し、8時間後の夕方に片方の単語からペア語を思い出すテストを受けるグループと、夜に記憶してからいったん眠り、8時間後の朝にテストを受けるグループでは、後者の方が成績は良い。

睡眠中に脳が復習していた

朝に記憶したグループではテストまでの8時間の間に何度も復習できるのだから成績がよくなりそうなものだがそうではないのである。実験動物の脳で学習後の睡眠中の海馬の神経細胞を観察した研究では、覚醒中に学習しているときと同じパターンで活動しているのが観察されている。これはリプレイ現象と呼ばれ、文字通り睡眠中に記憶に関わる神経細胞が復習しているわけである。しかも、覚醒中のように他の雑念が入らないので効率が良い。

単語や出来事の記憶はその内容を言葉で説明できるという点から陳述記憶と呼ばれる。対してピアノの指使いや平均台上でのバランス感覚など言葉で説明できない記憶は非陳述記憶と呼ばれ、その固定にも睡眠は有効であることが分かっている。

さらに、睡眠中には大事な記憶を固定するのと同時に、必要性が低くなった記憶を消去しているらしい。実際、学習後の睡眠中に海馬や大脳皮質における神経細胞間の接合部の大きさや数を計測すると、新たに増える部分もあれば、逆に減ってしまう部分もあることが分かっている。不要になった神経連絡を消去する作業は「刈り込み」と呼ばれ、限られた脳機能を効率よく使うための方法らしい。

話をPTSDに戻すと、強烈でネガティブな情動体験をした直後に睡眠を十分にとると、忌まわしい記憶がしっかりと長期に固定されてしまう。トラウマを経験した人が不安を抱えながら眠れぬ夜を過ごすのはとても辛いことだが、少なくとも記憶固定を弱める効果は期待できるのではないかと一部の研究者は考えているわけである。

不安で眠れぬ夜にも意味がある。そのように考えるといささかでも気分が楽になるだろうか。

三島和夫
 1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年10月5日付の記事を再構成]