乳脂肪などの動物性脂肪に含まれる飽和脂肪酸は、LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)値を上昇させる働きがある。そのため「飽和脂肪酸を多く含む牛乳やバターなどの乳製品を過剰にとると、動脈硬化が促進され、心筋梗塞や脳卒中などの循環器疾患の発症につながるのではないか」と考えられてきた。しかし、最近の新しい疫学研究を整理して乳脂肪の健康への影響を見直すと、この仮説は必ずしも当たらないのではないかということが分かってきたという。酪農乳業関係者の団体であるJミルク主催のセミナーにおける生活習慣病予防研究センター代表・岡山明さんの話を紹介する。
「飽和脂肪酸」は悪玉コレステロール増やす
「飽和脂肪酸」とは、肉やハム、ソーセージ、バター、乳製品、チョコレート、クッキーなどに含まれる、冷蔵庫に入れると固まる脂だ。これに対して「不飽和脂肪酸」は、サラダ油やごま油、大豆製品、魚介類などに含まれる、冷蔵庫に入れても固まらない油だ。
飽和脂肪酸をとると血液中のLDL(悪玉)コレステロール値が上がり、不飽和脂肪酸をとるとこれが下がることは科学的に証明されている。このように「あぶら」と一口にいっても、コレステロール値を上げるものと下げるものがあるため、脂肪分の摂取を控えようと思ってサラダ油やごま油など不飽和脂肪酸を多く含むものばかり控えても、相対的に飽和脂肪酸が多くなれば、かえってコレステロール値が上がることもあるのだ。
私たちの血液中に存在するコレステロールは、約8割が肝臓で作られる。コレステロールのうちLDLコレステロールは、悪玉とはいっても体にとって必要不可欠の存在であり、体の隅々の細胞まで運ばれ血管の壁を作るといった役割を担っている。一方、HDL(善玉)コレステロールは末梢組織の余分なコレステロールを回収するなどの役割を担っている。従って、脂質異常を考えるときは「LDL/HDL比」が問題となる。LDL値が高くてもHDL値が高ければ、いわば廃品回収の処理が進むので問題にならないが、HDL値が低いと余分なコレステロールがたまって動脈硬化が進むことになる。動脈硬化が進むと、虚血性心疾患(心筋梗塞など)や脳卒中などの循環器疾患につながるリスクが高まる。
日本人対象の研究では「動脈硬化に影響しない」
過去の研究を見てみると、飽和脂肪酸の摂取量と虚血性心疾患による死亡に強い関連があることが、アンセル・キーズ博士による7カ国研究で報告されている[注1]。また、コレステロール値が高いと虚血性心疾患による死亡リスクが高いことは、世界でも日本でも報告されている[注2]。こうしたことから「飽和脂肪酸を過剰にとるとコレステロール値が上がり、動脈硬化が進んで虚血性心疾患などの循環器疾患の発症リスクが高まる」という仮説が提唱されてきた。
しかし、多岐にわたる栄養素を含み、複雑に機能する牛乳をはじめとする食品が人間の体にどう影響するかを特定するのは、実は非常に難しい。牛乳・乳製品には確かに飽和脂肪酸が含まれるが、その乳製品をとることと虚血性心疾患や脳卒中にはどのような関連があるのだろうか? 牛乳を多くとると本当にそうした病気になりやすいのだろうか?
生活習慣病予防に関連した統合的なサービスを提供する会社、生活習慣病予防研究センター代表の岡山さんによると、日本人を対象として牛乳を習慣的に飲んでいる人とそうでない人の血清脂質を比較した疫学研究では「牛乳を習慣的に飲むことは動脈硬化にはほとんど影響しない」ということを示唆する結果が得られているという[注3]。牛乳摂取によりLDLコレステロール値は上がるものの、HDLコレステロール値も上がるため、LDL/HDL比は変わらなかったのだ。
また、虚血性心疾患の原因となるのは脂質異常だけでなく高血圧や糖尿病も関係しているが、牛乳やヨーグルトは高血圧や糖尿病に予防的に働くという疫学研究の報告も複数あるという。
「つまり、牛乳を習慣的に飲むことは、LDLコレステロール値を上昇させ得るが、全体として動脈硬化には影響しない。また牛乳は、高血圧や糖尿病に予防的に働くということです。となると、牛乳が虚血性心疾患に対してどう働くかは、人を対象とした疫学研究の結果を見なければ分からない」と岡山さんは話す(図1)。