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「嫁に出たから相続放棄を」 兄の主張に対抗できるか 弁護士 志賀剛一

2017/10/12

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Case:19 先月、母が亡くなりました。父はすでに他界しています。私は20年前に結婚し、夫や子供と他県に住んでいます。きょうだいは兄がおり、亡くなるまで兄夫婦が母と同居し、介護もしていました。四十九日が終わった後、兄から「お前は嫁に出たのだから、相続は放棄してくれ。母も生前そう話していた」と言われ、ほかの親戚もそれが当然のようにうなずいています。私は別にお金がほしいわけではありませんが、「嫁に出たから相続の権利がない」という論理には疑問を感じており、主張すべきところは主張したいと思っています。法的に可能でしょうか。

■「嫁に出た」の意味は?

 21世紀になって20年近くたとうとしているのに、いまだに「誰々は嫁に出たのだから」という発言をしばしば耳にします。また「お嫁に行く」「嫁入りする」といった表現は今でも普通に使われています。その是非はともかく、これは戦前の民法が規定していた「家制度」の名残と思われます。家制度のもとでは「戸主」(家長)が定められ、妻は婚姻によって夫の家の氏に変更し、相手の「家」の一員になっていたのです。

 実際、旧民法の条文に「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」とはっきり書いてあったのです。

 しかし、戦後は家制度が否定されました。婚姻すると夫婦の新戸籍ができますが、現在の民法では「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」と規定されているだけで、名字が変わっても相手の家の戸籍に入るわけではないのです。婚姻届で夫の氏を選ぶと戸籍上の「筆頭者」が夫、妻の氏を選ぶと妻が筆頭者になりますが、これもとくに法的な意味はありません。夫が妻の氏を選ぶケースもありますが、これも別に「婿入り」とイコールではありません(もっともこの場合、セットで妻の親と養子縁組をすることもあります)。

 なお、戦前の家制度では、戸主(家長)が「家督相続」という制度によってすべての遺産を相続することになっていました。家、つまり家督を継ぐ長男がすべての遺産を相続して当然だという意見を述べる人が今でもたまにいますが、これはまさに家制度に根源を持つ発想だと思われます。

 現行民法では、家督相続という制度は廃止され、子であれば生まれた順序や男女、婚姻の有無を問わず、さらに現在は嫡出子・非嫡出子も問わず、法定相続分はすべて平等です。相談のケースでは相続分はあなたとお兄さんは2分の1ずつでまったく同じです。「嫁に出たから相続の権利がない」などというのは明らかに誤った考え方です。

 余談ですが、仮に子が他の人と養子縁組をした場合でも、特別養子(家庭裁判所が「子の利益のために特に必要がある」と認めた場合、実父母および実方の血族との親族関係を終了させ、縁組を成立させる制度)でない限り、実父母との間の相続権を失うことはありません。この場合、実の親からも、養親からも両方の相続権があります。

■遺言があったら

 ただし仮に、母親の遺言があった場合にはその遺言の内容に従うことになります。すなわち、遺言に「遺言者の有する一切の財産を○○(兄)に相続させる」と記載されていれば、基本的にはこの遺言どおりの内容が遺言執行者により実現されます。しかし、この場合でもあなたには遺留分があります。配偶者、子、直系尊属には法定相続分の2分の1が遺留分として認められているのです。遺留分を侵害する遺言がなされている場合でも、遺留分を請求すれば、その財産を取り返すことは可能です。

 遺言がなければ、兄との遺産分割協議になります。相続財産は基本的には相続開始と同時に相続人間の共有になります。あなたの法定相続分は兄と同じです。当事者間による協議が調わなければ遺産分割調停、遺産分割審判という法的手続きの流れにならざるをえません。その場合、結論がぴったり法定相続分どおりになるとは限りません。

 法的手続きでは、亡くなった人が生前、相続人の誰かに多額の贈与をしていれば、いったん遺産に含めて計算した上で、その相続人の取り分から「特別受益」として差し引くルールがあります。逆に、亡くなった人の財産を増やしたり維持したりするのに特別に貢献した相続人の取り分について「寄与分」を上乗せするルールがあります。この特別受益と寄与分を調整し、最終的に公平な遺産分割の内容が決められます。

■地方ではいまだに……

 失礼ながら、地方ではいまだに「嫁に出た娘は相続放棄が当たり前」という発想が残っているように感じます。ただし、よくよく話を聞いてみると、婚姻の時、「生活に困らないように多額のお金を持たせた」というような生前贈与があったり、あるいは相続放棄しろといいながらも「相続放棄の対価」的な考え方(しばしば「放棄のハンコ代」などと言ったりします)で、婚姻している女性相続人にも多少の金銭(ただし、法定相続分には程遠い額)を相続分として分与している例が多いと思います。

 いずれにせよ、婚姻して姓が変わったという一事をもって、一方的に一切を放棄させるような圧力に対してはあなたにも法的に十分闘う材料がありますので、ご安心ください。

志賀剛一
 志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。

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