キノコ料理はフレンチに学べ 日本人が忘れた季節感
秋になるとスーパーマーケットの売り場に、キノコ類が多く登場してくる。それを見るとなんとなく「秋だ」と感じるのだが、「日本人はキノコの旬を知らない」と残念そうに言うのは、東京・恵比寿のフランス料理店「マッシュルーム」の山岡昌治オーナーシェフ。
フランスで約4年半修業した後、93年に店をオープン。店名通り、「マッシュルーム」では国産の天然キノコやこだわりの栽培ものをはじめ、その時々に一番おいしい旬のキノコを使った料理を提供している。
「一般的な日本のスーパーで売られているキノコは栽培キノコばかり。いつも同じ種類しかなくて、ぜんぜん季節感がない。秋口から冬にかけては鍋に入れるためのキノコが一番売れるから売り場面積が広がってなんとなく旬の気がするんだけど、実は日本人はキノコに関しては季節感がないんです」と山岡シェフは言う。
確かに、地方の市場などでは天然キノコを見かけたりするものの、都会でも目にする天然キノコといったらマツタケくらい。「キノコって秋の素材みたいにみんな思っているけど、春、夏、冬にもおいしいキノコがあります。魚だったら、秋に旬のものしか食べないなんてことないでしょ。興味がないなんて、もったいないよね」(山岡シェフ)。
「キノコ博士」の山岡シェフがその魅力に目覚めたのは、フランスに渡ってから。渡仏後初めての夏から秋口にかけ、働いていたレストランの厨房に20種類ほどものキノコが入ってきたのだ。キノコには一つひとつ、名前を書いた札が添えてあった。
「フランス料理でよく使ういくつかのキノコは日本で料理を勉強していた時から知っていたけど、それを見た時、本当に知らない素材だな、と思いました。それぞれがどんな味かも想像できない。それで、書店に行ってキノコの本を見たら、食べられるキノコがすごくあることが分かって。面白いと思い、キノコのことを勉強するようになりました」(山岡シェフ)。
フランスには、キノコ狩りの手引きやキノコの料理を紹介したものなど、キノコに特化した雑誌まであるという。「この本を見て」とシェフが持って来てくれたのは、邦訳も出版された『きのこの名優たち』(山と渓谷社)という一冊。フランスで採れる主なキノコについて、イラスト入りで学名、特徴から発生時期、胞子の拡大図までこと細かに解説したキノコ図鑑だ。
だが、単なる図鑑ではなく、よく見るとそれぞれにドクロやら、フォークとナイフ、コック帽などのマークがついている。「毒があるもの、食用に向かないもの、食用キノコを示しているんです。コック帽がついているのが一番おいしいキノコなんですよ」と山岡シェフ。
各キノコのイラストは正確に特徴をとらえながらも擬人化されたユニークな姿で描かれ、コック帽マークつきのキノコのイラストは、赤ワインを飲んでいたり、フライパンで料理をしていたり。「このキノコを食べてみたい」と思わせる、フランスならではのエスプリの効いた一冊だ。
そんなキノコ好きのフランスではスーパーにも、栽培ものだけでなく、季節ごとの天然キノコが並ぶ。
春には和名をアミガサダケというモリーユ、夏から秋口には日本ではイタリア名のポルチーニで知られたセップ(和名・ヤマドリタケ)、夏の初めから秋にかけてシーズンを迎えるジロール(和名・アンズタケ)――。
「青空市場とかスーパーに出るだけじゃなくて、みんな森に採りに行くんです。パリだって周辺は森に囲まれていますから。セップが出てきたぞ。今度の日曜日採りに行こう、とかね。新鮮な良い状態のセップは、生をスライスしてちょっと塩を振って食べる。焼いた方がぱーっと香りが出て、水分が飛ぶから味も濃くなっておいしいんだけど、フランスの人はキノコを生で食べるのが好きなんですよね」と山岡シェフは笑う。
日本にも海外から生のセップが輸入されるが、「本当の旬の時期には入ってこないんです」と山岡シェフは言う。「空港で検査をするため留め置かれるんですが、保管は常温なので、暑い季節はキノコが傷んでしまう。だから、セップは夏のキノコなんだけど、最盛期を過ぎた、夏の終わりから秋口に入ってくるんです」。日本の店ではメニューに見かけることが多くなるため、セップは秋の味覚だと思い込んでいたが、旬の感覚がずれてしまっていたというわけだ。
長い期間楽しめるジロールも、フランスで人気のキノコだ。「フランス人は普通、バターとかオリーブオイルとかでソテーして食べます。でも、バターなんかはものすごい量を入れるから、おいしいけどバターの味になっちゃうの」。そう言う山岡シェフが店で出す「季節のキノコのソテー」には、ピーナツオイルを使っている。強過ぎないナッツの風味がキノコと合うからだという。
晩秋から冬にかけては、高級キノコのトリュフが旬を迎える。気軽にキノコ狩りで採れるキノコではないが、「生のスライスを使ってもいいし、ピューレにしてソースにしてもいい。色々な使い道があるキノコです」とシェフは言う。
「このごろは『秋トリュフ』と呼ばれるものもありますが、これはあまり香りがない。香りが高い冬トリュフは、少し寒くなった11月から2月ごろまでが旬」(山岡シェフ)。代表的なキノコだけでも、フランスのキノコには豊かな四季があるのだ。
フランスからの輸入キノコを使った料理を、と山岡シェフにリクエストしたところ、2つの料理を出してくれた。
最初に出てきた一品に使われていたのは、柄の部分がきれいな紫色をしたピエ・ブルー(和名・ムラサキシメジ)だった。生のピエ・ブルーを見せてもらうと、こんもりと木箱に入った紫色のキノコは、おとぎ話に出てくる魔法のキノコのようだった。傘が開く前のものは、柄だけでなく傘も紫色をしているらしい。
料理は、天然エビや野菜と共に薄い衣をまとったキノコが温めた皿に盛られ、軽くカレー粉がふられていた。運ばれてくると、カレーの芳ばしい香りが漂う。「カレーは衣にも混ぜているんですが、こうするとふわっと香りを感じて食欲を増してくれるでしょう」と山岡シェフ。
こんなふうに調理したキノコには、新潟の伝統調味料である熟成トウガラシ、かんずりをクリームでのばして添えたりもするという。サクっとした軽い衣の、カレー風味のピエ・ブルーを「なんておいしんだろう」と食べながら、かんずりクリームを想像すると「それも食べてみたい」と欲が出る。
次に出てきたのはジロールを使った一皿「ジロールとホタテ貝のフリカッセ」(フリカッセは煮込み料理の一種)。ジロールをベルガモットなどを使ったクリームのソースで煮込んだものだ。「キノコからソースの中に香りが出るし、ソースもキノコによく絡む。キノコはソースを吸うから、中に味も入るんです。水分が多いブイヨンで煮ると味が拡散してしまうけど、クリームのようにある程度少ない水分の中に入れると味が薄まらない。クリームで調理する方法は、セップにも向いています」と山岡シェフ。
食べてみると、ホタテのうまみも吸ったジロール独特の濃い風味が口いっぱいに広がった。傘が軟らかい種類のキノコなのだが、食感は驚くほどしっかり。同種の日本のアンズタケよりも、フランスのものの方が歯ごたえがいいらしい。
フランスから帰国後、山岡シェフは日本の山にキノコ狩りに出かけるようになった。本当にキノコの魅力にとりつかれたのは、そうやって旬のキノコを自ら採るようになってからだという。採れたての新鮮な天然キノコは、その場で炭火で網焼きにし塩やレモンをかけて食べると、それはおいしいそうだ。
「北軽井沢のロッジに行った時には、敷地内に天然のムラサキシメジが生えていて。朝いちで採って食べたんですが、すごくおいしかったですね。春にはアミガサダケを採りに行ったりします。今は忙しくてなかなか行けないんだけど」と山岡シェフ。
もちろんフランスで売られるものも、天然キノコばかりではない。ジロールは天然ものしかないというが、先のピエ・ブルーは栽培ものだった。ただし、出回るのは天然と同じような時期だという。天然キノコを楽しみ、フランス人のようにキノコでも季節を感じるようになれば、食の楽しみはぐんと広がるに違いない。
(フリーライター メレンダ千春)
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