安いだけじゃないチリワイン 「欧州の源流」を再評価
2015年、16年と日本へのワイン輸入量が1位となった国がチリだ。アルパカなど動物を使った親しみやすいラベルにスーパーやコンビニなどで1000円以下で買える価格、安定したおいしさで多くの人に支持されている。しかし、チリワインの魅力は「安うま」にとどまらない。特に近年は、歴史の流れの中で埋もれてしまったブドウを再評価する流れができている。新たなチリワインに迫る。
安くておいしいワインができる理由
チリワインは、安くておいしい。温暖で収穫期に雨が少ないという気候に恵まれている上、東はアンデス山脈、西は太平洋、北は砂漠、南は南極海と周囲から隔絶された環境で病害や虫害がやってこない。あまり手間をかけなくてもおいしいワインができる。
ワインの価格に関しては、人件費が非常に安いこと、日本との間では関税がほとんどかからないこと[注1]、大規模な生産者が多いことが大きく寄与している。
[注1]2007年に日本とチリの間に締結された経済連携協定で、2019年3月までに漸減的に相互の関税をなくすことになっている。
高級ワインも造られている
安くておいしいチリワインは、多くの人に支持されている。一方で「今日本で飲まれているチリワインは1990年代のスタイル」(ワイン&スピリッツ専門誌「ウォンズ」の番匠国男編集長)だという声もある。
1990年代のスタイルとは、赤ワインを造るカベルネ・ソーヴィニヨンや白ワインを造るシャルドネといった世界中で造られているブドウ品種を使い、その果実味が味の中心となるスタイル。飲みやすく、品種の特性は出ているが、地域の個性やワイナリーの個性、繊細な味わいといった、より高級ワインに求められる要素はあまりないワインだ。
実際のところ、チリでは安いワインだけでなく、高級ワインも造られている。その走りとなったのがコンチャ・イ・トロが造る「ドン・メルチョー」。創設者の名前を取ったワインで1987年から造られている。さらに、1998年にはボルドーの1級シャトーである「シャトー・ムートン・ロッチルド」とコンチャ・イ・トロとの合弁で「アルマヴィヴァ」という高級ワインを造るワイナリーもオープンした。
これらはいずれも、フランスのボルドーで造られているカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインのスタイルをなぞらえたものだが、さらに注目したいのがチリでしか造れない独自のワインだ。ここではその例として3つのワインを挙げよう。いずれも、古くからあるものが復活してきたものであることが面白い。
ボルドー由来がチリで「再発見」
一つ目は「カルメネール」という赤ワイン用のブドウ品種。もともとはボルドーに由来する品種だが、ブドウが熟す時期が遅すぎるなどの理由でボルドーでは造られなくなった。
ところが、チリには19世紀にボルドーから持ち込まれて以来、造られ続けていた。天候に恵まれたチリでは熟す時期が遅いことも特に問題にならなかったからだ。しかも長い間、代表的な赤ワイン用品種の一つであるメルローだと勘違いされて、同じ畑にメルローと混ざって植えられていたという。1994年に、「カルメネール」として再発見され、その後はチリ固有のブドウとして、単独で栽培されるようになってきた。次第にその個性に合った栽培地なども分かってきて、チリの主力品種の一つとして米国や欧州などには数多く輸出されるようになった。
カルメネールは1000円以下で売られているチリワインのブランドでも造られているので、日本でもスーパーなどで気軽に買える。その一つであるフロンテラのカルメネールを飲んでみた。フロンテラはチリワインの最大手コンチャ・イ・トロのブランドの一つだ。
ミディアムボディーで、カベルネ・ソーヴィニヨンに比べるとマイルドな味わい。プラムやブルーベリー、ラズベリーのようなちょっと甘酸っぱい果実味に軽いスパイス感で飲みやすい。ステーキなどのがっつりとした肉料理よりも、鶏肉など軽めの肉料理に合いそう。
希望小売価格 オープン(実売630円程度)
輸入元:メルシャン
チリで一番古いブドウ品種、安ワインから脱出へ
2つ目は「パイス」という赤ワイン用ブドウ品種。チリワインの歴史は意外と古く16世紀にスペインからのカトリック伝道者が聖餐用のワインを造るためにブドウを植えたのが始まりである。このときに植えた品種が「パイス」である。実は同じ品種が、19世紀のカリフォルニアでもカトリックの伝道者により各地に植えられたが、伝道所の呼び名にちなんで「ミッション」と呼ばれていた。ちなみに「パイス」はスペイン語で「国」の意味だ。
カリフォルニアのミッション種はほぼ根絶やしになってしまったが、チリのパイスは庶民の間で飲まれている極めて安価なワインの原料として今でも広く栽培されている。さらに、近年ではこれを使って本格的なワインを造ろうとする小規模な生産者がいくつも誕生しているという。世界的にカベルネ・ソーヴィニヨンなどのメジャーな品種ではなく、その地域で古くから栽培されてきた品種を見直す動きがある。チリもその流れに乗っているようだ。パイスは赤ワインとしては色が濃くなりにくいという弱点があるが、スパークリングワインに使ったり、色を引き出すような製法を使ったりなど、さまざまな試みがされている。
その一つであるヴィーニャ・マイティアという小さなワイナリーのワインを試飲した。オーナーのデイヴィッド・マルセルはスペインのバスク地方の出身。チリのワイナリーで働いていたが、2010年の大地震でワイナリーが倒壊してしまったのをきっかけにパイスの復興を目指してワイナリーを始めたという。売価が安いため困窮しているパイスの農家を、よりいいワインを造ることで助けたいという思いもあるそうだ。
「ペピーニョ "アウパ"2014」はパイス70%、カリニャン30%というワイン。パイスから色を引き出すために、ボージョレ・ヌーボーで使われているのと同じ「マセラシオン・カルボニック」製法を使っている。
ワインはライトな味わい。ラズベリーやイチゴなどの果実味が心地よい。ちょっと冷やしてアペリティフ感覚で飲むのによさそうだ。
希望小売価格 1900円(税抜き)
輸入元:布袋ワインズ TEL03-5789-2728
古木のブドウを使った重厚な味わい
3つ目は2009年に発足したヴィーニョ(VIGNO)という団体に所属するワイナリーが造るワイン。チリ南部のマウレ・ヴァレーに古くから植えられていたカリニャンという赤ワイン用ブドウ品種を使ったワインだ。この地域のカリニャンは、1940年代に、収量が多いということで植えられたが、その後のカベルネ・ソーヴィニヨン全盛時代において放置されていたのだという。
それを見直して、製法などの基準を決めたグループがヴィーニョなのだ。例えば樹齢30年以上の古木のブドウを使うことなどが決められている。カリニャンの古いブドウ畑は800ヘクタールあまりしか残っていないというが、貴重なワインを生み出すことで注目されている。
スペインの名門トーレス家がチリに造ったワイナリーがミゲル・トーレス・チリ。ここが造るヴィーニョ「コルディエラ・カリニャン2013」を飲んでみた。
グラスに注いだ時点で色が赤というよりも紫に感じられる濃厚さ。ブルーベリーやカシスなどの圧倒的な果実味に、スパイス感もたっぷり。軽い酸味でバランスもいい。2000円台のワインとは思えないほどの高級感のある味わいだった。
実売価格2500円(税抜き)
輸入元:エノテカ TEL0120-81-3634
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ここに挙げたほか、従来ブドウが造られていなかった、寒い海沿いやアンデスの高地などにブドウ畑が造られ、質の高いワインが次々と生み出されている。「涼しい地域で繊細な味わいのワインを造る」というのは世界的な高級ワインの流れであり、チリもその流れに乗っている。温暖な地域で造られる「安うま」ワインだけがチリワインではないことがおわかりいただけただろうか。
日本とチリとの国交が始まって2017年で120年になる。秋篠宮殿下夫妻がチリを訪問したり、共同で映画を製作したりなど、両国間の交流も一層活発に行われている。日本人とチリワインとの付き合い方もまた、一歩先に進んでいきたいものだ。
(コンテンツ編集部 松原敦)
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