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「老後の旅に優しい日本へ」 訪日客が感じる不便とは マセソン美季さんのパラフレーズ

2017/10/12 日本経済新聞 朝刊

 カナダの自宅裏の牧草を刈りにきていた農家のおじさんが、屋根より高い位置に作られた蜂の巣を見上げ、「今年は厳しい冬になるな」と言った。蜂は、積雪の影響を受けないようにしているらしい。「リンゴも豊作だったし、ほら、そこの木だって、ものすごい数の松ぼっくりで、枝がたわんでいるだろ」。自然界の生き物たちは、何か危険を察知する能力があるようで、それにすぐ対応する。

 そういえば昔、スズメバチの巣が高い場所にできる年は「台風が来る」と祖父が教えてくれた。実際にその夏、台風で看板がふっ飛び、大木が根こそぎ倒れ、近くの川が氾濫。祖父母の家から帰れなくなった。

 2025年には3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上になるという日本で、私たち人間は、どんな備えをしているのだろう。先日、飛行機に乗り合わせた70代のオーストリア人のご婦人が、年を重ねる前に日本を満喫しておきたい、と言っていた。日本にはおいしいものがたくさんあり、景色が美しく、気軽に足を運べる温泉があるからカナダから毎年遊びにいくそうだ。

 しかしながら、足を痛めてつえをつくようになった数年前は、楽しむどころか苦労した思い出しかなかったという。日本は元気な人にはお薦めの観光地だが、そうでないと不便がつきまとうと彼女は言った。

 人間が、自然界の生物のように変化の兆しに即座に対応するのは難しいのかもしれない。エレベーターを増やすとか、段差を解消するとか。お年寄りにも優しい街づくりをしようとしても、経済的・物理的問題や、ほかに優先して整備すべきものとの比較など、様々に考えないといけないことがある。でも、足腰が弱くなったら、日本に行きたくないと思われるのは何とも悲しい。

 認知症の予防には旅行が効果的だから、旅を楽しんでいる人たちは、僕の患者にはいない、との話を医師から聞いたことがある。老後は医療費ではなく、旅費にお金を使いたいという高齢者のツーリストがこぞってやって来る国・日本。そんな将来像を描けないだろうか。

マセソン美季
 1973年生まれ。大学1年時に交通事故で車いす生活に。98年長野パラリンピックのアイススレッジスピードレースで金メダル3個、銀メダル1個を獲得。カナダのアイススレッジホッケー選手と結婚し、カナダ在住。2016年から日本財団パラリンピックサポートセンター勤務。

[日本経済新聞朝刊2017年10月12日付]

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