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「北朝鮮緊張で円高」なぜ? 為替の謎、3つの理屈

2017/10/11

 10月18日の中国共産党大会開幕を控え、北朝鮮が再び挑発行動に出ることへの警戒感が強まっている。個人投資家としても無関心ではいられない。同国をめぐる情勢が緊張すると円高が進みやすく、それが株安要因になるからだ。ただ日本にとっても脅威になる出来事が円買いを招く点は何とも不可解。為替市場最大の謎ともいえる。一体どんなメカニズムが働いているのか。

 朝鮮半島情勢の緊張によって円買い圧力が増す様子は、過去2カ月間の円・ドル相場を示すグラフAを見れば確認できる。

 例えば9月8日、年初来厚いカベとなってきた1ドル=108円を突破する円高が進んだ。北朝鮮が3日に核実験を実施し、9日の建国記念日にあわせた追加的行動への警戒感も強まったことが背景にあった。8日の日経平均株価終値は4カ月半ぶりの安値となった。

■キャリー取引休止

 もともと円は、市場参加者がリスクを感じ、不安になると買われやすい。2011年3月の東日本大震災のあとや、16年6月に英国の欧州連合(EU)離脱が決まり市場が混乱したときも、マネーが円に集まった。北朝鮮をめぐる情勢緊張を受けた円高も「有事の円買い」の一種といえる。

 長年デフレによる経済停滞に苦しんできた日本。その日本の円が「安全通貨」と呼ばれることさえあるのは奇妙な現象だが、理由は主に3つある(図B)。

 第1に、日本のようにデフレが続いてきた国では、実は通貨の「実力」が上がる点だ。デフレとは物価の持続的な下落だから、より少ない金額のお金でモノなどを買えるようになる。通貨の購買力が上がるのだ。とすれば「有事」には円を持った方が無難と受け止められても不思議はない。

 安倍晋三首相は「日本経済は既にデフレではないという状況」としている。確かに直近8月の消費者物価上昇率はプラス(前年同月比0.7%)だ。ただ米国(1.9%)よりは低い。しかも「原油価格などの物価押し上げ効果が縮小していくので、物価上昇率は今後0.8%程度でピークアウトしそうだ」(第一生命経済研究所の新家義貴氏)。円の購買力は相対的に下がりにくいだろう。

 第2にインフレ圧力が弱いため日本の金利は極めて低い点だ。米国では着実に利上げが進み政策金利は既に1%台に上がっているが、日銀はマイナス金利政策などを維持している。こうした内外金利差に目を付けるのが投機筋。低コストで円を借り、相対的に高い金利の通貨を買う取引を手掛ける。金利差と為替差益の一石二鳥を狙うキャリー取引と呼ばれる手法だ。

 問題は、市場の混乱が深刻化するとキャリー取引を手じまいする投機筋が急増すること。高金利通貨を売って円を買い戻す動きが広がる。「有事」には円買いが急拡大しやすいわけだ。

 第3に日本が世界最大の対外純資産を抱えていることも関係している。日本の政府、企業、個人が海外に持つ資産から負債を引いた額が、2016年末時点で349兆1120億円に膨らんでいるのだ。

 海外の方が高金利だし成長率が高い国も多い。日本人が外国に投資するのは不思議ではない。ただ「有事」には、手元に現金を置いた方が安心と考える人が増えるのではという見方が広がりやすい。外貨を売って円を買い戻す日本人が増えるなら円高圧力がかかる。

 実際には国内への資金退避が一気に膨らむわけではなさそうだが、そうした思惑だけで相場は動く。最近ではコンピューターを使った自動取引も多い。市場が混乱すると機械的に円を買う条件反射的な反応も出やすくなっている。

 以上が北朝鮮情勢の緊張が円高を招きやすい理由だが、疑問も残る。同国のミサイルが日本に向かって飛んできた場合にも円が買われるのかという点だ。

 「情報が伝わった直後に大幅な円高が進む可能性はあるが、さすがに東京近郊にミサイルが着弾したなどという深刻な状況になればマネーの海外逃避の観測が強まるかもしれない」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作氏)。「有事の円買い」がどんなケースでも起きると考えるのは適切でなさそうだ。

■米国金利の影響も

 ところで、当面の円相場を動かす材料として、北朝鮮情勢と並んで重みを持つのが米国の金利動向だ。9月に資産縮小開始を決めた米連邦準備理事会(FRB)は年内に今年3回目の利上げを決めることを示唆しており、一見すると円安圧力がかかりそうな状況だ。

 ただ、日本より物価上昇率が高い米国でも、上昇圧力はそれほど強くない。伸び率はFRBの目標である2%を下回って推移している。年内の追加利上げがあっても来年にFRBが想定する3回の利上げを実施できるかは不透明だ。

 FRBが大規模緩和の幕引き作業を進めてきた割には、米国の長期金利(10年物国債利回り)はあまり上がらず、日本との金利差も拡大していない(グラフC参照。グラフは10月4日時点まで。6日時点の日米金利差は2.31%)。「年内利上げ期待だけではドル高は限定的ではないか」(大和証券の亀岡裕次氏)という見方が根強く残る。

(編集委員 清水功哉)

[日本経済新聞朝刊2017年10月7日付]

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