自ら就労ビザを取得 タイ・バンコクで働く女性
一方で海外ならではの制約はある。6月、タイ・バンコクに移り住んだ女性(28)は、帯同ビザでは法律上、働けないことが分かったため、自ら就労ビザを取得した。日本にいるうちにタイでの働き口探しを開始。結局、日系企業で現地採用の職を見つけるため、夫の赴任から2カ月遅れての移住になった。
「夫の会社との交渉も大変だった」と明かす。企業によっては家族に手当てを支払うため、駐在妻の就労を認めないことがある。この女性の場合、2人の子どもだけを夫の帯同扱いにしてもらい、自身は手当の対象から外れて自費で渡航費や住居費をまかなった。会社に父子赴任の前例がなかったため、当初は難色を示されたという。
これほど苦労してでも仕事を求めるのはなぜか。元駐在妻で、現在は駐在妻向けの支援事業を手掛ける飯沼ミチエさん(43)は「華やかな生活を送っているイメージのある駐在妻だが、それまでの仕事を辞めると、社会から切り離されたような気分になって悩む人は多い」と話す。
飯沼さんが7月、駐在妻や元駐在妻約180人にアンケートしたところ、仕事やキャリアで悩んだ人は20~30代で9割、40代以上でも8割に上った。具体的な悩みの内容としては仕事から離れた「キャリアのブランク」期間が、帰国後の再就職の際などに障害となりかねないことを挙げる人が最も多かった。
滞在する国によっては就労が難しいことがあるが、飯沼さんは「たとえボランティアをやっていたことでも、その後の履歴書に書ける。何か社会と関わる活動に打ち込むことが大切」と指摘している。
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意欲生かす仕組みを ~取材を終えて~
駐在妻といえば「海外で暮らしている」「結婚している」というだけで、羨望の対象になりがちだ。ところが、仕事を辞めて移住した多くの女性が深刻な落ち込みを経験していることが分かった。飯沼ミチエさんによると、それまで日本でバリバリ働いていたのが、急に社会との関わりを失うことで「自分には価値がない」と思ってしまうそうだ。
働くか働かないかは個人の選択だが、取材で会った女性たちは、仕事を再開するまでのつらさを口々に語った。働くことを当然と考えるようになった世代ならではだろう。こうした女性の変化に対し、社会がまだ対応しきれていない面がある。流動性の低い労働市場や、昔ながらの家族帯同制度などだ。「駐在妻は人材の宝庫」との声にはなるほどと思った。働く意欲にあふれる人たちを生かせる仕組みが整えばよい。
(木寺もも子)
[日本経済新聞朝刊2017年10月9日付]