人事担当者よ 現場に足を運び、社員の声を聞け!
有沢正人カゴメ執行役員CHO(最高人事責任者)インタビュー(後編)
働き方改革で「生産性」という言葉がクローズアップされました。しかし実際に「生産性」をどう測るのか、評価するのか……そこに解を持たない企業は少なくありません。前編の「役員でも減収あり? 評価改革は経営層から始めよう」に引き続き、カゴメ執行役員CHO(最高人事責任者)の有沢正人さんに、労働生産性と評価の仕組み、人事部門の役割などについてお話を伺いました。
定性評価ではなく、定量評価に近づける
白河桃子さん(以下、敬称略) 前回のお話で、働き方改革やグローバル化が進む中で、評価制度の改革が重要なポイントになるということが分かりました。
近年、「労働生産性を上げる」という言葉がよく使われるようになりましたが、労働生産性を適切に評価できている企業はあまりないように思います。これからの時代に求められる評価の仕組みに対するヒントをお聞きしたいです。
有沢 労働生産性で評価をすること自体は間違っていません。カゴメでも、労働生産性を重視していく方針です。
ただ、「労働生産性」と聞くと、投入時間に対してどれだけ効率よくアウトプットをしたか、というイメージを持たれやすい。すると、営業ならば売り上げや利益などで判断しやすいでしょうが、研究開発部門の評価は難しいですよね。5年から10年という長いスパンで考えなければならないからです。同じく間接部門も、収益に直結しているわけではありませんから、評価するのが難しいのです。
これらの部門は、どう評価するのか。私は、「何を」「いつまでに」「どのくらい」という視点で見ていきます。各人に目標を申告してもらい、定量的に評価していくというわけです。
白河 自分で目標を立てて、到達度を測定するのですね。営業などのように数字が出ない間接部門も定量化できますか。
有沢 できます。当社では、目標を立てるときは、基本的に上司と話し合いをしてもらいます。
経営者や役員の目標が落とし込まれて、部長の目標に。部長の目標をさらにブレイクダウンさせると、課長の目標に。課長の目標がブレイクダウンされて、担当者の目標になります。つまり、担当者の目標の総和が、会社全体の目標になるのです。
何をやるか、ということを決めれば、必ず定量化できます。よく、「間接部門は、定量化できないから定性評価するしかない」といわれていますが、それは間違いだと私は思います。
テレワークは上司との交流が増える
白河 先ほど(前編で)「pay for performance」という話を伺いました。成果に対して評価をするとはいえ、上司と部下は人間同士ですから、どうしても感情や相性が加味されてしまうことがあると思います。そこはどうすればよいのでしょうか。
有沢 まさにそこは大事なポイントです。なぜ、評価に感情や相性が加味されてしまうかといえば、定性評価だけで済まそうとしていたからです。
定性評価とは、極端に言えば「好き嫌い」です。この部分を極力減らすためには、客観的な「ファクト」で評価するしかありません。これならば、お互いに文句のつけようがありませんよね。
2つ目に、1人の上司だけが評価するのではなく、複数の人が評価する仕組みをつくることでしょう。多面評価になれば、1人の上司の癖や見方に偏ることはありません。
最後に、フィードバックをきっちりやることです。実は、日本ではこれをちゃんとやっていない企業が非常に多いのです。フィードバックの機会があっても、一方的に「こういう評価だから」と伝えるだけだったり、従業員が反論できない状況だったりします。
それではダメなのです。なぜ、目標達成できなかったのかを本人に直接聞いて、その原因を除去してあげるのが、上司の仕事です。
100%、好き嫌いが除去された評価は、この世に存在しません。ただ、それに向けてやることは可能なのです。
白河 フィードバックをうまくやるには、上司のコミュニケーション能力も問われるわけですよね。今フィードバックの効果が注目されています。会社として、そのあたりについてどのような対策を講じていますか。
有沢 弊社の場合は、年に2回のフィードバック面談を行います。上司のフィードバックを受けたかどうかは、人事が全従業員に社内のアンケートシステムを利用して確認しています。
面談のようにフェース・ツー・フェースで話をする機会は、在宅勤務やテレワークが導入されてくると、ますます必要になってくるでしょう。
よく、在宅ワークやテレワークが増えると、上司とのコミュニケーションが減っていくといわれますが、実際は逆です。上司と話す機会が増えるんですよ。なぜかというと、お互いにスケジュールや作業の進捗を確認するようになるからです。
ツールが進化しても、フェース・ツー・フェースの重要性は高まっていくでしょう。今、テレワークをうまく運用できている会社では、上司とのコミュニケーションが増えていると思います。
白河 グーグルでは、1週間に1度は「1 on 1ミーティング」(上司と部下が1対1で定期的に行うミーティング)をやっているそうです。チームが少人数だからできることかもしれませんが、上司はかなりの時間をそのミーティングに割いていて、それ自体がマネジャーとしての主な仕事になっているようです。
フィードバックの機会が増えていく、小さなチームで管理する、というようなことが、今後の世界的な流れなのかなと思います。
有沢 その通りだと思います。今までのマネジメントのスタイルから大きく変わってきているんですよね。従来は、1人の部長が50~60人の部下を見るような一括的な部下管理でしたが、今後は1 on 1の形になっていくと思います。
人事部のクライアントは「お客様」
有沢 私たち人事部門のやるべきことは、従業員の幸福度を上げることですが、最終的にはエンドユーザー、つまりお客様の満足度を上げることなんです。一般的に「人事部のクライアントは誰か」と聞くと、多くの人は「従業員」と答えがちですよね。
白河 普通の人事部門の方は、従業員の働きやすさについて考える意識はあると思いますが、お客さんの満足まではなかなか考えませんよね。
有沢 直接的に影響するのは従業員かもしれませんが、最終的に私たちが見ている先にいるのは、お客様なんだと。人事部が従業員だけ見てしまうと、人事施策を間違ってしまうかもしれないのです。
人事は、いわゆる奉仕者の感覚かもしれません。ただ、それだけじゃなくて、従業員たちのモチベーションを上げながら、最終的に売り上げに結び付けたいじゃないですか。
もちろん、それは現場の手柄です。現場が手柄を立てて、お客様を満足させるために我々がいる。これはきれい事でも何でもなくて、そういう視点を持っていないと、人事の施策は絶対に間違えると思うのです。
白河 有沢さんは、外部からいらっしゃった人事部長です。圧倒的な経営目線を持っているとはいえ、最初は「よそから来た人が何を言っているんだ」という目で見られることはなかったのですか。
有沢 カゴメでは中途入社の方が要職についているケースが多々あったので、思ったより抵抗感はありませんでした。
説明できない制度は導入してはならない
白河 ただ、既得権益が今までの働き方と結び付いているところもありますから、人事改革に抵抗感を示す人も出てきたのではないでしょうか。
有沢 確かに、簡単ではありませんでした。というのは、どの会社でも人事制度を変えると言われて、「万歳!」と言う人は少ないんです。中には、「よくやってくれた」と言ってくれる人たちもいますが、大多数の人は「不利益変更」と捉えてしまうんです。
そうじゃなくて、実は「利益変更なんだよ」と伝えることが重要です。ショートスパン、ロングスパン、両方で見たときに、結果的にあなたの利益に結び付きますよということを納得してもらわなきゃいけない。そこは苦労しました。
白河 やはり、全体最適と局所最適がありますから、会社の未来を考えるとメリットがあると分かっていても、自分の給料が減るのは嫌という人が、圧倒的に多いと思うんですよね。悩める人事の方はどうすればいいでしょうか。
有沢 そういう人たちに理解してもらうためには、なるべく支店や工場などの現場に足を運び、従業員たちと対話することが重要です。まさに「来てくれる人事」になることですね。人事が頻繁に現場に来てくれると、普段話せないことも話し合えたり、人事を身近に感じてもらえたりします。
新しい制度や仕組みを導入するときは、人事が実際に現場に足を運び、直接従業員たちに説明します。自分の口で説明できない制度は入れてはいけないというのが、私のポリシーです。そこでいろんな意見を伺って、少しでも修正が必要だったら、素直に取り入れるのです。
白河 押し付けるのではなく、現場に合わせて調整していくんですね。
有沢 そうです。制度とは、現場の人たちにとって働きやすくするためのもので、人事や経営のためのものではありません。大きな意味で言えば、お客様を満足させるためのものです。その点が、現場で直接話をしないと、理解されないのです。
白河 最後に、人事がやるべき基本的なことについて教えてください。
有沢 上から改革をすること。評価制度を公正にすること。フィードバックをきちんとすること。この3つです。人事の皆さんには、勇気と覚悟を持って改革に取り組んでいただきたいと思います。
あとがき:働き方改革のセミナーやシンポジウムなど、どこの会場でも悩める人事パーソンの方から相談を受けます。「トップが本気ではない。どう動かせば?」「制度を入れても現場が動かない」。一方、現場の方からは「制度はあるけれども形骸化している」との声も。働き方改革を丸投げされ、現場と人事の乖離(かいり)に悩む人事パーソン……そんな悩みを人事のプロに聞いてみました。
今後「多様な働き方」を実現するためには「評価」の改革が非常に重要になってきます。人事は勇気と覚悟を持って経営者に対峙していかなければいけない。それが働き方改革の本質なのだと思いました。
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「婚活時代」(共著)、「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)。
(ライター 森脇早絵)
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