マツタケ、味と見た目は別 手ごろにおいしく食べる法
「秋の味覚」の不動のエース、マツタケ。価値も実力も超一流だ。いまだ栽培技術は確立されておらず「生えたら取れる、生えなきゃ食べられない」。それでも秋になったら一度は食べておきたいと誰もが思うものだから、相場はぐんぐん上昇するばかり。そんなマツタケの「禁断の魅力」を探りに、産地である長野県豊丘村を訪ねた。
朝8時半、豊丘村役場に隣接する飯伊森林組合北部支所の前には長蛇の行列ができていた。早い人は8時前から並んでいるという。10月の初めとはいえ、長野の山間部、朝の気温は10度台前半と肌寒い。
行列に並ぶ人たちのお目当てはマツタケ。山の松の木に生えるマツタケだけに森林組合が販売の窓口になっている。山を持つ人たちが、自分たちの山で見つけたマツタケをここに持ち込み、販売するのだ。いわば「直販」のシステムで、中間マージンがない分、市場価格に比べ驚くほど手ごろな価格でマツタケを手に入れることができるのだという。
しかし「運を天に任せるしかない」のがマツタケ取り。計画的な入荷は望むべくもなく、特に今年は出が悪く、この日は、整理券を配布する形で一人一箱限り、50箱限定の販売になった。配られた整理券は、行列の半ばでなくなってしまった。
すべて「天然もの」だけに形は不揃いだ。大きなものが1本だけ、小さなものが何本か……など形のよし悪し、総重量などを勘案して、おおよそ7000~8000円程度にセットされた箱を、整理券の順番で選んで購入していく。9時の開店から30分もしないうちにすべて売り切れてしまった。
事務所で金原史人支所長に話を聞く。
マツタケは計画的な生産はもちろん不可能で、時期も豊丘村では9月中旬から10月中旬までのわずか1カ月ほど。今年は初動が悪く、朝の行列になってしまっているという。それはもちろん、相場にも跳ね返る。
行列しても手に入らないかもしれない、市価よりお手ごろとは言っても決して安くはない。それが分かっていながら食べたくなる、行列してしまうマツタケ。地元の人たちはいったいどのように食べているのだろうか。
マツタケの相場を左右する大きな要因に、料亭の需要があるという。高級品、しかも秋の味を代表するような食材だけに、料亭は多少値が張ってもマツタケを手に入れようとする。天然ものだけに形の不揃いはいかんともしがたいが、さらに料亭は市場に出るマツタケの中から競って形のいいものを手に入れようとする。これが、相場を押し上げる背景なのだそうだ。
「味は変わらない。香りはむしろ傘が開いていた方が高まる」と金原支所長は言う。実物を見ながら値段の違いを教えていただいた。
マツタケというと、多くの人がずんぐりと傘のずぼまった形状を思い浮かべるだろう。他の天然キノコがそうであるように、大きさはバラバラだし、傘も見つけた時の状況ですぼまったままのものもあれば開いてしまったものもある。
上の写真のマツタケは、傘のすぼまったいかにも「マツタケ然」としたもの。組合の直販価格で3万2000円ほどの値付けになるという。
一方で、傘が開いたもの。重量は傘のすぼまったものとほぼ同じ。それで価格は1万6000円ほどと半額だ。
ここまで価格差があっても「味は変わらない」のだそうだ。しかも香りは立っている。地元の人は、あまり売り物にはならないという、野生動物がかじってしまったり、虫が食ってしまったマツタケも食べているという。形はもちろん悪いし、虫が食ってしまうと、一部変色してしまう。それでも「味は同じ」だという。
すき焼きに入れたり、炊き込みご飯にしたりなら、刻んで煮込めば、色も形も関係ない。料亭は見映えも大事なので、どうしても形のいいものを選びたがるが、家庭で食べる分には、なるべく形の悪いものを選ぶのが賢い買い方だという。
さて、さすがに取材を前に行列に並ぶわけにも行かず、自分でマツタケを買うことはできなかった。それでも旬の味を確かめて帰らねば記事が書けない。金原支所長に組合直営の温泉宿を紹介していただいた。
訪れたのは、阿智村の昼神温泉にある昼神荘。宿泊はもちろん、要予約だがランチでマツタケコースを堪能できる。
写真は2人前で、マツタケのすき焼きをメインに、茶碗蒸し、土瓶蒸し、天ぷら、マツタケご飯とマツタケづくし。これに鯉の洗いとデザートが付いて、1人前税込み9900円だ。
お店だけに、出てくるのはもちろん形のいいマツタケ。山と盛られたマツタケはフォトジェニックだ。食べる前から気分が高揚してくる。
香りを楽しむのはまず土瓶蒸し。熱いだしの中で少しずつ実をよじっていく薄くスライスされたマツタケからはいい香りが漂う。だしは猪口に注いで、すだちを絞って。秋の香りだ。
マツタケは薄切りながら口の中に入れるとしっかりとした食感だ。この食感をさらにしっかりと受け止められるのが天ぷら。香りも楽しみたかったので、抹茶塩はつけずに食べた。こりこりと呼んでいいほどの確かな食感が楽しめる。
真骨頂はすき焼きだ。土瓶蒸しや茶碗蒸しは薄切り、マツタケご飯は細かく刻まれたマツタケが入るが、すき焼きに入れるマツタケは大胆に縦に四つ切りされている。これをちょっと甘さの立った割り下で煮込んで食べる。
見るからに高そうな信州牛のすき焼き肉だが、それでも、鍋の中での存在感はマツタケが上だ。大ぶりに切ったその食感たるや……。
味や香りは、濃い味の割り下に押され気味ではあるものの、食感だけで、ほかのマツタケ料理を圧倒してしまうほどの魅力を持っている。高級食材、香りを楽しむものだけに、網焼きや土瓶蒸しなど素材感を強調した調理をマツタケにイメージしていたが、すき焼きがこれほどまでに魅力的とは。
地元ではすき焼きや鍋などに入れる食べ方の人気が高いという。納得の味わいだ。勢いで、マツタケご飯を白飯をかき込むかのようにすき焼きで食べてしまったことに、後悔したほどだ。
これから豊丘村のマツタケはシーズン終盤を迎える。地域や気温によっては、その後もマツタケを楽しめるところもあるが、何せ自然が相手の天然もの。ある日突然ぱったり取れなくなることもある。
食べられるうちに食べておく、がマツタケの基本のようだ。
(渡辺智哉)
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