日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/10/16
フキヤガマ属のヒキガエルの仲間(Atelopus spumarius)も毒をもつ。(PHOTOGRAPH BY RODRIGO BUENDIA, AFP, GETTY IMAGES)

カギは遺伝子のわずかな変異だった

ところで、毒ガエルはどのようにしてエピバチジンを使いはじめたのだろうか?

「サイエンス」に発表された論文によると、エピバチジンを利用する毒ガエルのDNAの塩基配列を調べたタービン氏らは、カエルのアセチルコリン受容体の遺伝子がわずかに変異していることを突き止めた。

この変異によって、毒ガエルのアセチルコリン受容体は、アセチルコリンと結合するものの、エピバチジンとは結合しなくなり、カエルたちは自分が蓄えている毒の影響を受けずにすむようになったという。

さらに興味深いことに、カエルたちは進化の過程で少なくともそれぞれ別個に3度、この神経毒への耐性を獲得したことも明らかになった。この変異がそれだけ有用な証拠と言える。

ナショナル ジオグラフィック協会が支援する爬虫(はちゅう)類両生類学者で毒素学者でもあるゾルタン・タカシュ氏は、「実に美しい仕組みです。こうした仕組みは数例しか見つかっていません」と言う。「進化の作用と神経生物学の働きについて、貴重な知見が得られました」

キオビヤドクガエル(Dendrobates leucomelas)の模様は個体ごとに少しずつ異なっている。鳴き声は大きく、鳥のさえずりに似ている。(PHOTOGRAPH BY AUSCAPE, UIG, GETTY IMAGES)

毒にも薬にもなる

タービン氏の発見により毒への耐性とその進化の研究は大きく前進したものの、多くの謎が残っている。

例えば、毒ガエルがどこからエピバチジンを入手するかは分かっていない。食物に由来していることは明らかだが、具体的なところは不明なのだ。

実は、毒ガエルの毒については分からないことだらけである。タービン氏によると、毒ガエルからは800種類以上の化合物が見つかっているが、十分に解明されているものは70種類以下だという。

ブロディー氏は、これらの毒の起源を突き止め、動物たちがどのようにして耐性を獲得したかをもっとよく知ることにより、生物毒についての理解を深められると期待している。

また、エピバチジンは猛毒であると同時に、人間では依存性のない強力な鎮痛効果があることがわかっており、非麻薬性の鎮痛薬の開発にも期待がかかる。エピバチジンが結合するアセチルコリン受容体は、ニコチン依存症にも関わるため、ニコチン依存症の治療薬にもつながるかもしれない。(参考記事:「薬物、酒、ギャンブル… 脳科学で克服する『依存症』」)

「多くの場合、私たちは生物による化学物質の合成についてほとんど理解していません。生物の毒を理解できれば、人間にかかわることについても、もっとうまく対処できるようになるでしょう」

マネシヤドクガエル(Ranitomeya imitator)。米メリーランド州ボルチモア国立水族館で撮影。(PHOTOGRAPH BY JOEL SARTORE, NATIONAL GEOGRAPHIC PHOTO ARK)

(文 Michael Greshko、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年10月3日付]