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「都会の大病院でなくても」 鎌田實氏の自由な生き方 鎌田實・諏訪中央病院名誉院長が語る(下)

2017/10/16

諏訪中央病院の鎌田實名誉院長

 ベストセラー「がんばらない」などの著者で医師の鎌田實氏(69)が振り返る、東京都立西高校(東京都杉並区)時代の思い出。前半は、学校をサボりがちだった鎌田氏をけっして責めなかった西高の自由な校風について回想。後半は、その西高仕込みの自由な発想と行動力で、医師として活躍する様子を語ってもらった。

 東京医科歯科大学に進んだ。

 西高在学中に、将来医者になりたい、そのために医学部に行こうと決めました。

 本の虫だった僕は、子供のころ「どくとるマンボウ航海記」を読んで、船医になって世界中を旅することに憧れました。西高時代は、英国のクローニンという作家の小説を貪るように読み、炭鉱町の診療所の医者としても働いた経験を持つクローニンのように、医者になって社会的弱者を助けたいという夢を抱きました。また、小学生の頃、心臓病で長く入院していた母親を見舞いに大学病院に通った経験も、何らかの影響を与えたのではないかという気がします。

 父親は最初、「おまえを医学部に行かせるカネはうちにはない」と猛反対しましたが、粘り強く必死でお願いしたら、最後は折れ、生活費や授業料を自分で出すことを条件に、「自由に生きろ」と言ってくれました。

 西高からも父親からも自由を与えられた僕は、高3の夏から猛勉強を始めました。放課後、友達に遊びに誘われたら断れない性格だとわかっていたので、毎朝4時半に起き、学校に行く前に集中して勉強していました。

 この時以来、朝4時半に起きるのが習慣となり、つい最近までは日本にいようと海外にいようと必ず朝4時半に起きていました。共著も合わせると50冊以上の本を出していますが、原稿はもっぱら、この早朝の時間を利用して書いていました。

 僕が大学受験をした頃は、国立大学が一期校と二期校に分かれていて、受験日も別々。僕は、一期校は千葉大学、二期校は東京医科歯科大学を受験し、両方合格しました。常識的には一期校の千葉大を選ぶのでしょうが、世間の常識に縛られない自由な生き方が染みついていた僕は、家から近いという理由で東京医科歯科を選びました。どんな医者になるかは自分次第であり、出身大学で決まることではないとの考えもありました。

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