出世ナビ

キャリアコラム

「幻の日米連合」 半導体のカリスマ経営者が今語る 東京エレクトロン取締役相談役の東哲郎氏(中)

2017/10/10

東京エレクトロン取締役相談役の東哲郎氏

 世界の半導体業界を揺るがす再編劇が2013年に起こった。半導体製造装置メーカーとして世界3位だった東京エレクトロンが、首位の米アプライドマテリアルズとの経営統合を表明したのだ。「世紀の統合」は米司法省との間で見解に隔たりがあり、15年、破談になってしまう。日米連合は幻に終わったが、この戦略にはどういう意図があったのだろうか。半導体業界のカリスマ経営者と呼ばれ、この統合を主導した東哲郎相談役に、海外経験から再編劇にいたる経緯までを語ってもらった。

 入社後数年して、米西海岸シリコンバレーへ赴任。当時のカリフォルニアが持つ「寛容な」空気にひかれた。

 社会人になって最初の大きな契機は、米西海岸への赴任でした。僕がいた1983年、84年のシリコンバレーは、半導体のニーズがぐっと伸びてきて、メディアでもその勢いが報じられ始めていた時でした。インテルやアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)だけではありません。さまざまなベンチャー企業が生まれ、今にも爆発するような勢いがありました。当社も、83年に半導体の製造装置メーカー、ラムリサーチとの合弁会社「テル・ラム」をつくりました。

 僕の仕事は、日本からきたお客さんを現地のサプライヤーに案内することでした。シリコンバレーの中心に近いロスアルトスにある、プールつきの結構いい家に住まわせてもらいました。その家に日本からのお客さんを泊めて、ニーズを聞いたり、現地のサプライヤーが彼らの質問に何と答えているかを聞いたり、その内容を日本の本社に伝えるのが一番の仕事です。

 シリコンバレーで僕が一番驚いたのは、当時の米国にみられた、困っているものに対する一種の「寛容さ」でした。あるとき、車を運転していたら道がわからなくなって、近くの家に行って「ここに行きたいんだけど」と助けを求めたことがあるんです。そうしたら、家の人が自転車に乗って「ついてこい」と先導してくれた。日本でこんなことあるだろうかと。アメリカっていいなと思いました。今はだいぶ違っているかもしれないけど、昔のカリフォルニアの風景は、自分に大きな影響をもたらしたと思います。

 インテルやテキサス・インスツルメンツ(TI)の声かけで、直接販売を開始。海外でのビジネスを強化した。

 もう1つの契機は、94年あたりから欧米で半導体製造装置の直接販売を始めたことでした。それまでは海外の取引先とは代理店を通してビジネスをしていたんです。ところが、日本の半導体製造装置メーカーがどんどん強くなり、半導体市場も大きくなってきたこともあって、インテルやテキサス・インスツルメンツなどの半導体メーカーが我々に「代理店を通さず直接ビジネスしたい。そうでないなら東京エレクトロンとはもう仕事ができない」といってきたんです。製造装置の開発から一緒にやり、半導体市場を大きくしていこう、という呼びかけでもありました。

出世ナビ新着記事

ALL CHANNEL