パナソニックが起業家支援 昆虫食など「変人ぞろい」
「100年先の世界を豊かにするための実験区」をコンセプトに、JR渋谷駅新南口エリアにパナソニック、ロフトワーク、カフェ・カンパニーのコラボによる新スポット「100BANCH(ヒャクバンチ)」がオープンしたのは今年7月のこと。さまざまな新規事業を展開するプロジェクトメンバーのためのワークスペース「Garage」が2階にあり、3階にはパナソニックによるコラボレーションスペース「Loft」がオープンしている。
同施設の構想は、2018年にパナソニックが創業100周年を迎えることからスタートしたという。「創業者である松下幸之助は『社会の公器として、事業を通じて社会に貢献する』ことを経営理念に掲げていたが、我々の力だけでは限界がある。いろいろな方々といっしょにやっていくことで、社会問題の解決を可能にしていきたい。大企業の中ではできないことができる、チャレンジの場にしたい」(パナソニックのコーポレート戦略本部 経営企画部 村瀬恭通部長)。
斬新なのは、2階のGarageを利用するプロジェクトメンバーの選定方法だ。新規事業のプロジェクトチームは、広く一般から公募。メンターと呼ばれる各分野の専門家がドラフト会議のような形で審査を行い、支援するプロジェクトを採択するシステムだという。2017年4月12日から5月12日の間に実施された第1期の公募では68件の応募があり、その中から13件のプロジェクトが採択された。
「『未来は予測するものではなく、つくりだすもの』という観点に立ち、予測不能な未来をつくりだす"変人"たちを応援したい。選ばれたメンバーは"変人ぞろい"だが(笑)、支援するメンターたちも同じ。このスペースを起点としてこれからどんな変なニュースが出てくるか、楽しみにしてほしい」(ロフトワークの林千晶代表)
次の100年につながる新しい価値を創造するために選ばれた"変人"たちとは、いったいどんなメンバーであり、どんなプロジェクトなのか。選ばれた13件のプロジェクトの内容をチェックしてみた。
おいしい昆虫食や、ふんどし世界展開計画
100年先といわず、2020年の宿泊施設不足問題を一挙に解決するかも、と思えたのが、「誰でもスマホ(タブレット)ひとつで宿泊施設を経営できる世界を目指す」という「Run your hotel with Smartphone only!」のブース。導入は無料で、室内にQRステッカーを貼るだけだという説明に、多くの記者が聞き入っていた。同施設ではホテルのフロントをイメージしたショールームを再現し、これから宿泊施設を始める人に体験してもらう計画だ。
同様に、東京五輪で活用できそうと感じたのが、フキダシで会話が見える翻訳機を観光インフラにすることを目指す「Fukidashi -カジュアルな会話を生む翻訳機」。「言語文化の壁によって自然なコミュニケーションが生まれにくい外国人観光客のために、マンガで親しんだフキダシを活用し、カジュアルな会話や交流を生む翻訳機を開発する」(「Fukidashi」の篠原由美子プロジェクトリーダー)。
食料難が予想される未来に向け、「食べて美味しい昆虫料理の創造」を目指しているのが、「Future Insect Food」。昆虫食デザイナーの高橋祐亮プロジェクトリーダーは、「栄養価も高く繁殖もしやすい昆虫は、まさに人類の食文化が新たな段階へと脱皮する可能性を秘めた未来の食材」と熱く語っていた。一方、世界の食料需要が増加するなか、養殖魚の飼料である魚粉の高騰を解決するため、昆虫コオロギの大量生産技術の確立と養魚飼料としての普及を目指しているのが「ECOLOGGIE」。栄養豊富で、国連も次世代の食糧資源として注目する昆虫のコオロギを人工的に大量繁殖させるシステムを確立し、ビジネス化を目指している。
内覧会でひときわ目をひいていたのが、ふんどし姿の筋骨たくましい男性たち。彼らが推進するのは、世界中でふんどしを楽しむ未来を目指す「Shift→」。「外国人にふんどしを着用してもらうと、みんなその快適さを絶賛する。ふんどしを根本から再定義し、新しいコンセプトのウエアとして世界に発信したい」(星野雄三プロジェクトリーダー)。今後はふんどしを愛用する世界中のインフルエンサーたちを巻き込んで、さまざまな形のコラボレーションを実施する予定だ。ちなみに星野リーダーは東京大学大学院総合文化研究科で筋生理学を修了後、「ふんどし部」という会社を設立。正装はふんどし、カジュアルはスーツだという。
「ロボットを一家に一台普及させる」("HACO" robot)、「人手不足に直面する地域医療に「診療しながら交流できる」海の家を」(SHIMA Doctor Project)など、もしかしたら未来を変えるかも、と感じさせるプロジェクトが多かった。一方、「人間×コンピューターという視点からの『Computational Creativity』という新たなクリエイティビティの探求」(Computational Creativity)など、難解すぎて筆者には理解不能なテーマもあった。だが意外にそういうプロジェクトこそが将来的に、社会の大きな変化を生むのかもしれない。
審査会で選ばれた13のプロジェクトチームは7月、100BANCHの2階にプロジェクトスペースを構え、それぞれの活動をスタートさせている。支援期間は基本的に3カ月単位だが、メンターの裁量により延長可能。今後、月に1度の審査会でプロジェクトチームを追加していくという。
パナソニックはプロジェクトスペースやメンタリング機会の提供、またメンバーが望む場合には技術的な観点からのアドバイスなども行っていく。プロジェクトの自主性を重視しているので、資金調達先も自分たちで探していくのを100BANCHのネットワークが支援していく形となるという。「プロジェクトチームはそれぞれ期間内のゴールを設定しており、それを達成できるように支援していく。パナソニックとして、この100BANCHに従来のKPI(成果達成指標)は求めていない。熱気や人のつながりや新しさなど、新しいKPIを追求していきたい」(パナソニックの村瀬部長)。
最適な温度で冷やす酒クーラー
内覧会では3階のパナソニックによるコラボレーションスペース「Loft」で、開発中の商品などを先行で公開していた。ボトルを入れるとラベルの情報を読み取り、最適な温度に冷やす「SAKE COOLER」や、どこでもニュースが読めるサービスのコンセプトモデルなど、未来を感じさせる面白い商品が多かった。
秋にオープン予定の1階のカフェに期待されている役割は、プロジェクトチームのメンバーと渋谷を歩く人をつなぐことだという。カフェ・カンパニーの楠本修二郎代表は、「カフェとはコミュニケーションをつくり、新しいアイデアを創発するのが究極の役割だと考えている。カフェがあることで生活者との交わりが生まれ、新しい化学反応を引き起こすことができるのでは」と言う。
渋谷区では2016年、従来の区の基本構想(区の将来像)「創意あふれる生活文化都市 渋谷-自然と文化 とやすらぎのまち-」を20年ぶりに改訂。「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」とし、それに基づいて2017年から2026年までの長期基本計画を発表している。「社会的な課題は、行政だけでは解決できないものも多い。多くのものを越えて混じり合う100BANCHが、さまざまな課題を解決するアイデアを企(たくら)む場所となってほしい。この場所が『ちがいを ちからに 変える街。渋谷区』を代表する場所になるよう、みんなで大成功に導きたい」(長谷部健渋谷区長)
(ライター 桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2017年8月23日付の記事を再構成]
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