役員でも減収あり? 評価改革は経営層から始めよう
カゴメ CHO(最高人事責任者) 有沢正人執行役員インタビュー(前編)
働き方改革の要は「評価と報酬の改革」です。現場の社員は努力して生産性を上げようとしますが、「生産性を高くし、時間を短くして」働いた人ほど残業代(=給料)が減るという問題に突き当たります。ここに手を入れないと、やる気がある社員のモチベーションを下げてしまいます。評価システムはどのように変えればいいのか。人事や評価のドラスチックな改革に取り組んでいる、カゴメ執行役員の有沢正人さんに詳しくお話を伺いました。
経営戦略で最も重要なのは人事改革
白河桃子さん(以下、敬称略) 有沢さんは、2017年10月からCHO(最高人事責任者)というお立場になられたそうですね。
有沢 CHOとは、「Chief Human Resource Officer」の略で、人事に関する全責任を世界的に負うという立場です。カゴメでは初めて創設されたポジションなんです。
私はこれまで、さまざまな会社で経営者と共に人事戦略を立てて改革を行ってきました。カゴメは、グローバル化を進める中で「経営戦略の中でも、人事戦略が一番大事だ」と考え、2012年1月に私を特別顧問として登用したのです。
私が入社した翌年に、中期計画が立てられました。5つの大きな柱のうち、第1に挙げられていたのが「人事制度の改革」です。人事を変えていかないと、会社も変わらない。そんなメッセージを、経営陣は従業員の方々に示したわけです。
入社から6カ月後、会社の現状をリポートしたときに、私は経営陣に向けてかなり厳しいことを伝えました。このままでは、グローバル化に遅れてしまう。カゴメの文化は非常にいいものだが、DNAを引き継ぎながらも新しいことをやっていかなければならないと。
今回、私がCHOになったのも、引き続き、人事や評価制度の改革をどんどん進めてほしいという経営陣の意志の表れなのではないでしょうか。
白河 人事と経営が一体となって改革を進める。その意志の表れがCHOという役職なのですね。
給与は「人に払う」から「成果に払う」へ
白河 そうなってくると、外から新しい人材を獲得することも大切ですが、社内の人の能力を最大化するための人事も必要になってきますね。
有沢 おっしゃる通りです。人事はオペレーションだけやっていればいいという時代はとっくに終わっています。人事は経営の一環だということを、人事自ら発信して経営陣を動かし、経営陣もそれにちゃんと応えていかなければ、会社は伸びていかないでしょう。
例えば、働き方改革を進めようとして、人事はパワーポイントで制度をつくり、社内に通達するだけじゃダメなんです。
白河 働き方改革の講演にいらっしゃる人事の方とお話をしても、その先にいくのが難しい。抵抗があるという。運用までしっかりやらなければなりませんよね。
有沢 そうなんです。カゴメは、私が入社してから人事改革を積極的に進めてきました。中でも最大のものは、評価制度の改革です。
白河 有沢さんが入社されてから、残業時間の削減などの働き方改革も進められていましたが、行き着くところは評価改革なんですね。
有沢 ええ。役員、従業員、すべての評価軸をグローバルに統一しました。基本的には、「pay for performance」。成果に対して給料を支払うということです。今までは、給料は人に払っていたんですよ。
「差」に対して給料を支払う
白河 成果主義を取り入れたとはいわれますが、日本はいまだ年功で報酬を上げていくという評価制度ですよね。
有沢 そうなんです。すると何が起きるかというと、「成果を上げても、勤続年数が長くならなければ給料が増えない」と考える社員が増え、モチベーションの低下につながります。
しかし、成果に対して給料を払えば、年齢なんか関係ないんです。その仕事をやる能力さえあれば、どんな人でも抜てきできる。そうして登用すれば、若い人たちのモチベーションも上がります。ある意味、みんなに対してフェアなんです。
最後のポイントは、「pay for difference」。つまり、「差」に対して給料を支払うということ。
白河 「差」というのは、例えばAさんとBさんの評価の差、のようなものでしょうか。
有沢 そうです。日本人は差をつけるのが苦手で、従業員の評価をするときも、「評価の中心化傾向」が見られます。例えば、S、A、B、C、Dという5段階評価があるとしましょう。すると、評価Bが非常に多くなるんです。カゴメの場合ですと、私が入社した当時は、評価Bが85%、Aが14%でした。
なぜこんなことが起こるかと言えば、評価が昇格・昇進に即刻結び付いていたからです。日本企業の多くにも共通して言えることですが、悪い評価をつけると、その人の昇格・昇進に直接影響しますから、上司は「人の人生を決めるような大それたことはできない」と考えてしまうんです。
白河 そんなこと、やりたくないですよね。
有沢 そう、だから、無難にAやBをつけるケースが多かった。そこでカゴメでは、1年間の評価については、昇格・昇進とは一切関係ないという制度に変えました。評価の高い人は、短期の成果としてボーナスに反映されます。
昇格・昇進は、小論文や面接、試験など、多面的な視点で判断するようにしました。
白河 しかし、従来より手間や時間もかかりますよね。
有沢 そこの手間暇は惜しんではいけません。カゴメでは、課長に昇進させる際は、必ず経営者が面接します。自社の将来を担う人材を、経営者自身の目できちんと見て、質疑応答をして確かめる。経営者の視点で昇進をさせるようになったことが、人事改革の中でも大きく変わったところです。
そうすると、今までは上司にあった判断責任を、社内全体で持つようになりますので、みんな経営に対する参画意識が出てきます。
評価制度の改革は「上」からすべき
白河 カゴメでは、評価改革を徹底するために役員も評価対象としていて、時には報酬が下がることもあるそうですね。役員でも安穏としていられない。
有沢 私が入社してから、役員の評価制度をつくりました。
白河 他の会社には、そういった制度はあまりないですよね。
有沢 そうですね。あるいは、役員の評価制度があったとしても、それは名ばかりシステムで、結局社長が独断で決めてしまうケースが多いのです。
しかし、カゴメは逆でした。当社では、まず役員の評価改革から着手したのです。なぜ上からやるのかというと、全社の改革をやることが最終目的だからです。
よく、下の人の給料から変えていくとか、人事制度も下のポジションから進めていくと話す人が結構いらっしゃいますが、私は、それは絶対に違うと思います。
そんなことをやっても意味がありません。「上が変わらないのに、なぜ自分たちだけが変わらなきゃいけないんだ」という不平不満のほうが強くなって、むしろ改革がやりにくくなるのです。
私たちは、役員の報酬制度について、具体的には、固定報酬と変動報酬の比率を変え、変動部分を大きくしました。ステークホルダーに対する経営責任を明確にするためです。これは、経営者としては当たり前のことです。
当然ですが、上の立場ほどハイリスク・ハイリターンです。分かりやすくいえば、下の立場ほどローリスク・ローリターンです。もし、改革を下の立場から着手すると、下の人にリスクを押し付けることになってしまいます。それは間違いだと思うのです。
白河 とはいえ、既得権益がある経営陣から理解を得るのは難しいでしょうね。
有沢 ええ、我々も大変でした。上から改革をするためには、勇気と覚悟が必要です。人事として、勇気と覚悟を持って、経営陣に進言する。一緒になって改革をしましょう、と。人事だけではなくて、これは経営課題なんですよということを、根気強く伝えていくのです。
上の理解を得るためには、なぜ評価制度を変えなければならないのかというロジック、そして現場ではこういう問題が起こっているというファクトを伝えることが必要です。
もう一つ、カゴメのケースで言えば、海外の人事改革から着手したことが奏功しました。私が入社してから6カ月間、日本と海外を見てきました。そのとき、人事というインフラが皆無だった海外から改革を進めて成功体験にすれば、日本の改革も進めやすいのではないかと思ったのです。
白河 海外で実績を作って、その実績でもって日本を説得するというわけですね。
有沢 そうです。外堀から埋めていく作戦です。ただし、他社では日本から改革して海外に着手するケースもあります。やり方は、さまざまですね。
いずれにしても、人事は経営そのものだという意識を持たなければ、「人事=オペレーション」で終わってしまいます。すると、従業員の目には「オペレーションをする人事」としか映らないから、人事の言うことを聞いてもらえなくなってしまいます。人事が制度をつくっても、「どうせ、また変えるんだろう」「従業員のための制度ではないよね」と受け取られてしまうんです。
人事は、権限を持つかどうかは別として、きちんと機能させなければなりません。制度をつくるだけでなく、運用まで責任を持たなければならないのです。そのためには、経営陣とともに改革に取り組み、経営陣から変えていくことが重要だと私は考えています。
(後編では、労働生産性の適切な評価方法、人事が忘れてはならない視点などのお話を伺います)
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「婚活時代」(共著)、「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)。
(ライター 森脇早絵)
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