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15年の植物状態から意識回復 定説覆す新治療法とは

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/10/9

ナショナルジオグラフィック日本版

迷走神経刺激の前と後(Pre-VNSとPost-VNS)に、植物状態の患者の脳内でどのように情報の共有が増加したかを表すイラストレーション。(PHOTOGRAPH BY CORAZZOL ET AL)

 植物状態に陥った患者が1年以上回復しない場合、症状は恒久的とみなされ、回復の見込みはないと考えられてきた。だからこそ、自動車事故後に15年間植物状態だった男性が意識を取り戻したというニュースは驚きを持って受け止められた。脳は、そのように機能するはずがないのだ。

 フランスの研究者が、ある装置を35歳の患者の胸部に埋め込み、迷走神経に電気を流し刺激した(VNS)。迷走神経とは、頸部を通り腹部まで伸びる脳神経で、覚醒や注意に関係している。

 この刺激療法を毎日1カ月間続けた結果、あらゆる望みが断ち切られていた男性は、驚くべき回復を見せた。この研究は、2017年9月25日付けの科学誌「Current Biology」に発表された。

 新しい治療法に関してこれまでにわかっていることや、この研究が植物状態の患者にとってどのような意味を持つかなどを以下に紹介する。(参考記事:「薬物、酒、ギャンブル… 脳科学で克服する『依存症』」)

【植物状態とはどのような状態か】

 植物状態にある人間は自力での呼吸が可能で、目を覚ましたりすることもある。だが、周囲の状況を認識できず、意思疎通もなく、外界からの刺激に反応する意識もない。フランスのリヨンにあるマルク・ジャンヌロー認知科学研究所所属で、今回の研究を率いたアンジェラ・シリグ氏は、「意識がこの世に存在しない状態」と説明する。覚醒と意識が完全に切り離されている状態とも言える。

 人が外界からの刺激に反応しない状態は他にもある。そのひとつが昏睡状態で、この場合、患者の意識はなく、覚醒もしていない。昏睡状態からは、回復して完全に意識を取り戻すことは可能だ。しかし、なかには意識を取り戻しても限定的であったり、植物状態になったり、あるいは、刺激に反応しないもうひとつの状態である「閉じ込め症候群」になることもある。これは意識がしっかりあるのに、意思疎通を取る能力が失われた状態だ。

 現在、植物状態の患者がどれくらい存在するかは不明だ。米国疾病予防管理センター(CDC)のウェブサイトには情報は掲載されていない。また、電話での問い合わせにもすぐに返答はなかった。

【男性は15年経って突然意識を回復したのか】

 そうではない。テレビドラマのように劇的なものではなかったが、その回復には目を見張るものがあった。専門的には、ごくわずかだが確実に意識が認められる「最小意識状態」に移行したといえる。1カ月にわたって迷走神経を刺激した後、男性は首を右から左へ動かすというような、簡単な指示に反応するまでになった。

 セラピストが本を朗読しているのを聞けば、以前よりもずっと長い時間目覚めていることができる。また、脅威を察知して反応もする。誰かが突然目の前に顔を近づけた時に、目を大きく見開いたという。植物状態の患者は、そのように個人のスペースが侵されても、何の反応も示さない。

 男性の回復は、脳の画像でも確認された。脳の領域間で情報のやり取りがより多くみられ、代謝活動も増加していた。

患者の脳画像。迷走神経刺激後に右頭頂後頭葉皮質、視床、線条体の活動が活発になっている(「Precuneus」は「楔前部」、「Thalamus」は「視床」という部位)。(PHOTOGRAPH BY CORAZZOL ET AL)

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