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オルガニスト福本茉莉 武蔵野で凱旋公演

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NIKKEI STYLE

ドイツを拠点に活躍するパイプオルガン奏者の福本茉莉さんが9月、東京都の武蔵野市民文化会館で公演した。彼女はこの地で4年に1度開かれる世界屈指の武蔵野市国際オルガンコンクールに2012年の第7回大会で日本人として初優勝した。改修工事のため5年ぶりとなった今年9月の第8回大会を前に開かれたのが、彼女の独奏によるオープニングコンサート。バッハから現代音楽まで幅広い演目を披露し、前回優勝者にふさわしい凱旋公演となった。

人気の街、吉祥寺を中心に広がる武蔵野市に、世界の注目するパイプオルガンが存在し、世界最高峰の国際オルガンコンクールが開かれる。日本でこそ意外に知られていない事実ではなかろうか。1988年から始まり、今年の第8回大会は9月9~18日に武蔵野市民文化会館小ホールで開かれた。16カ国から57人が応募し、オーディションを突破した15人が競った。優勝したのは米国のアマンダ・モールさん。日本の千田寧子さんと木村理佐さんがそれぞれ4位と5位に入賞した。

武蔵野市国際オルガンコンクールの前に凱旋公演

脚光を浴びたのは今回の入賞者だけではない。前回優勝者の福本さんが9月8日に開いた「オープニング・コンサート」は完売し、福本さんが出場していないコンクールそのものよりも熱狂的に盛り上がるほどの事態となった。それもそのはず、彼女はここ数年間、武蔵野市国際のみならず、ドイツのニュルンベルク、イタリアのブリクセンとピストイアと合わせて日独伊3カ国の主要国際コンクール4種類すべてに優勝した極めつきの実力者だからだ。

9月6日、公演の2日前に福本さんは武蔵野市民文化会館小ホールでリハーサルをした。メロディアスでドラマチック、ヒロイックな曲調が武蔵野のパイプオルガンから流れ出す。バッハかな、と一瞬思えるが、どこか違う。アニメのテーマ曲にもなりそうなノリの良さ。ドイツの作曲家アウグスト・ゴットフリート・リッター(1811~85年)の「オルガンソナタ第3番イ短調」という曲だ。

日本でパイプオルガンの曲というと、バッハらバロック時代の作曲家か、それ以前の古い宗教音楽としてのイメージが強い。そのせいか、リッターはメンデルスゾーンと同じ時代を生きたドイツ前期ロマン派の作曲家だが、日本ではほとんど知られていない。福本さんはリッターについて「大聖堂のオルガニストとして活躍していたことがメンデルスゾーンらほかの作曲家と違う点だ。オルガンの奏法をよく知った上で作曲しているのが弾いていて分かる」と説明する。

前期ロマン派の当時はまだバロック期のオルガンを受け継いでいる時代だった。このためリッターの曲も「リストやレーガーら中・後期ロマン派のオルガン曲とは異なり、分厚い音でじわじわとクレッシェンド(だんだん強く)やディミヌエンド(だんだん弱く)が出てくる音楽ではない。もっとはっきりフォルテ(強音)とピアノ(弱音)が分かれている」と指摘する。このため「ネオバロックといわれる武蔵野のこのオルガンで弾いても合うし、いろんなタイプのオルガンで弾ける幅を持っている。そこがリッターの作品の面白いところだ」と話す。

日本でほぼ無名の前期ロマン派リッターの曲も弾く

ネオバロック。福本さんによれば、武蔵野市民文化会館のオルガンはそう呼ぶべき響きを持つ楽器であるようだ。20世紀以降、古い時代のオルガンを再興させようという動きが起こり、現代のオルガン製作の主流になったのが「ネオバロック」と呼ばれる楽器なのだそうだ。リッターはオルガンソナタを4曲書いていて、コラール前奏曲も数曲ある。その中でも「私が公演で弾く『オルガンソナタ第3番イ短調』が最もメジャーな作品だ」と語る。「とにかく暗くて重い。だけどエネルギーが渦巻いている。そんな曲調が最初から最後まで疾走していく感じの曲。ソナタだが、単一楽章で構成されている」と福本さんは「ソナタ第3番」について解説する。

日本で無名に近い作曲家リッターの魅力とは何か。前期ロマン派ということもあり、「19世紀ロマン派の時代のオルガンに限らず、古今いずれのオルガンでも弾けるところがある」と弾き手としての利点を指摘する。「疾走感のある『ソナタ第3番』でも、オルガニストらしく、合間にコラールみたいな部分をはさんでいる。声楽家の朗唱に音楽が着いてくるようなレチタティーヴォや、ソロみたいな部分もあり、起伏に富んだ面白い作品だ。曲の個性もはっきりしていて、渦巻いたエネルギーがあふれ出る。阪神タイガースの応援にも使えそうな音楽です」。オルガン曲の性格をしっかり持ちつつ、ポピュラーな面もあるのが魅力を感じる理由のようだ。

「日本では演奏される作曲家のオルガン曲が偏りがちだ。面白い曲はまだほかにもたくさんある」と言う。特定の時代や作曲家に捕らわれず、幅広いレパートリーを弾くのが福本さんの持ち味だ。それを具体的に示したのが、今回の公演だった。オーストリアの現代作曲家アントン・ハイラー(1923~79年)の「カントール、ソリスト、合唱とオルガンのための晩課」から「前奏曲」「間奏曲」「後奏曲」をコンサート前半冒頭と後半冒頭、全体の締めくくりにそれぞれ配置し、その合間にメンデルスゾーンやバッハらの作品を弾いていくという斬新な構成。「ハイラーの作品は地響きのように不協和音が鳴るなど、かなり前衛的だが、パイプオルガンの従来イメージを払拭するために、どうしても要所ごとに、くさびとして打ち込みたかった」と話す。

9月8日の「第8回武蔵野市国際オルガンコンクール オープニングコンサート 福本茉莉オルガン・リサイタル」と題したこの公演を聴いた。福本さんはインタビューのときとは打って変わり、ニコリともしない鬼気迫る表情で、オルガンの世界に完全に入り込んでいる雰囲気を漂わせていた。キリスト教の宗教音楽としてのオルガン曲を、現代の新しい音楽として聴かせようという意気込みが、1曲目のハイラーの「前奏曲」から強く感じられた。鋭い高音の響きから始まり、ポップでリズミカルな曲調も出てくる。確かに宗教音楽としてのオルガン曲の常識を打ち破る作品であり、その衝撃性に十分応える演奏だ。

演目はすべてドイツ語圏の作曲家の作品で占められていた。2曲目はドイツ初期バロックの作曲家ザムエル・シャイト(1587~1653年)の「天にまします我らの父よ」。ハイラーの曲とは対照的に、こもった響きで瞑想(めいそう)的な曲想が続く。メンデルスゾーンの「我らから取り去りたまえ、主よ」を経て、前半の最後にはついにリッターの「オルガンソナタ第3番」が演奏された。リハーサルのときとは比べものにならないほど、その作品の持つ劇的な世界に入り込んだエモーショナルな演奏を展開した。

現代オルガン曲でくさびを入れた独自プログラム

後半は再び不協和音が鳴り響くハイラーの「間奏曲」から始まり、J.S.バッハの「協奏曲ハ長調 BWV594」を経て北ドイツオルガン楽派ヨハン・ニコラウス・ハンフ(1665~1711年)の「ああ神よ、天から見たまえ」へと続いた。ここで面白いのは、20世紀ドイツの作曲家パウル・ヒンデミット(1895~1963年)の「ソナタ第2番」を入れたことだ。ロマン派からの脱却を志向し、新即物主義を標榜した作曲家として知られるが、20世紀の音楽にしては和声が比較的分かりやすくて聴きやすい。古今のプログラムがヒンデミットの作品を通じてつながり、連綿と続く音楽史を聴いている気分になってくる。

曲が終わるごとに拍手が起こりそうになるが、福本さんは振り向いて手を挙げてそれを拒否する。最後のハイラー「後奏曲」まで複数の作曲家による作品群が切れ目なくつながる独自のオルガン世界を、彼女はこの公演で築き上げていた。すべて過去の作曲家たちの楽曲だが、独自の曲順による構成と魔術師のようなパフォーマンスによって、コンサート全体が福本さんの作り上げたオリジナルの一大交響叙事詩のように聞こえた。バッハの曲でさえ、ハイラー作品の不協和音の中からかつてない新鮮味を帯びて現代音楽のように浮き彫りになる。16世紀から20世紀までの時空を旅する巨大な音響絵巻が武蔵野の夜に浮かび上がった。

宗教音楽に対して不謹慎な言い方になるかもしれないが、彼女の情熱的な演奏によって聴き手は魔法や麻酔にかけられた気分になる。両手両足を大胆に大きく動かす彼女の演奏スタイルは挑発的であり、教会で厳かに演奏される従来のパイプオルガンにはない斬新なイメージをもたらす。従来のオルガンのイメージを大切にしたい人々からは批判の声も出てくることだろう。パイプオルガンを響き渡らせて、事件ともいえる状況を引き起こすのが彼女のコンサートだ。かつてない説得力と衝撃度を持つ若手オルガニストが日本から生まれたことは間違いない。

「コンサートホールと教会とでは演奏法に違いが生じる」と言う。福本さんがドイツでよく弾くオルガンはバロック時代からずっと教会に据え付けられている古い楽器だ。これに対し日本ではまだ設置されて数十年のオルガンが多い。「欧州の教会の中には、パイプオルガンの残響が十数秒と非常に長いところがある。武蔵野市民文化会館小ホールは割と残響が乾いている。テンポ設定を変えるなど、日本のコンサートホールで弾くために演奏法をその都度変える技術が必要になる」と語り、日欧の環境の違い、ホールと教会との残響の差に臨機応変に対処するオルガニストの技量を重視する。

青山学院初等部でオルガンと出合い、東京芸術大学を経てドイツのハンブルク音楽演劇大学に留学した。ドイツを拠点に欧州での活躍の足がかりを作ったのが、武蔵野市国際オルガンコンクールでの優勝だった。武蔵野をステップにして欧州のコンクールで次々に優勝し、演奏活動の地盤を築き上げた。優勝者への副賞として世界的クラシック音楽レーベル「NAXOS(ナクソス)」からリリースすることができた「福本茉莉 オルガン・リサイタル《期待の新進演奏家シリーズ》」(2014年)は、今のところ彼女の唯一のソロCDとなっている。

オルガンとエレクトロニクスの共演プロジェクトも

10月からはオルガンとエレクトロニクスを組み合わせたプロジェクトをポーランドで始める。「ノイズとオルガンを組み合わせるなど、全く新しい試みになる」と意気込む。プロジェクト名を聞くと、ポーランド語の発音が難しくて「いまだに名前をうまく言えない」と困り顔で話す。ドイツやポーランド、英国の現代作曲家の作品を弾く予定だ。

一方でバッハ以前の作曲家の作品も掘り起こす。17世紀から18世紀にかけて活躍したドイツの名オルガン製作者アルプ・シュニットガーによる北ドイツ・ノルデンのオルガンを今年弾かせてもらったという。「バッハまでの古いレパートリーを増やしながら、現代の新しい音楽にもどんどん挑戦していきたい」と抱負を語る。

世界最高レベルの実力にもかかわらず、日本での演奏機会は少ない。今回のコンサートがソロではやっと2回目だ。ドイツ在住とはいえ、不自然なほど少なすぎる。日本では各コンサートホールや教会で担当のオルガニストが決まっており、長年務める。そうしたポストがなければなかなか演奏機会に恵まれないのが日本の体質だともいわれる。また、ドイツをはじめ欧州では、教会でオルガンを弾くのは男性という風潮がいまだに残っている面があり、福本さんも苦戦することがあるようだ。

欧州各地でオルガンを弾き、高い評価を受け続けている福本さんだが、「日本でもっと弾きたい。日本の人々にもっとオルガンの面白さを聴いて知ってもらいたい」と話す。彼女の願望がかなうとき、日本のオルガン音楽文化が衝撃をもって変わる。日本では当面、「2018年8月の一時帰国の際に東京・祐天寺でささやかな演奏の機会があるだけ」という。行く先々で聴衆を目覚めさせ、熱狂的に愛される異才のオルガニストは、ただ我が道を行くのみだ。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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