豚の生姜焼き いかにもご飯が進みそうだが、これは「おかず」

その人が持ち込んだものは、豚の生姜焼き。と聞くと「それの何が悪いのか?」と思わないだろうか。甘辛しょうゆ味のたれが絡んだ豚肉でご飯を食べるなんて最高じゃないか。あれが嫌いな人など、そうはいない。豚肉料理の中の最高峰と言っていいと思う。

しかしYくんの言い分はこうだった。

「それはご飯のともじゃない、ご飯のおかずです」

なるほど。彼はそこにこだわりたかったのか。

非常に興味を惹かれ、その後は「ご飯のとも」と「ご飯のおかず」の違いについて、他の人にもいろいろ話を聞いてみた。

なめたけ ご飯と一緒になって初めて生きる味

まず主催者であるYくんには、明確な主張があった。「とびきりおいしい米を味わう会だから、それ自体で主役を張れるおかずは不要。あくまで米を引き立て、米なしでは存在できないくらいのものが望ましい。単体でパクパク食べられるものは、ご飯のともではない、ご飯のおかず」というのが彼の主張だ。

確かに私が持ち込んでOKをもらったムチムにしても、塩昆布にしても、それだけをモリモリ食べるものではない。他の人が持ち込んだものも同様だ。イカや魚の内臓の塩辛、なめたけ、おかず味噌や漬物など、酒の肴にする以外はどれもご飯ありき、ご飯と一緒になって初めて生きるものだ。

しかし「ご飯のおかず」は違う。豚の生姜焼き、サンマの塩焼き、煮魚、ハンバーグにトンカツ、唐揚げ……。どれもご飯に合うが、ご飯がなくたってそれだけで食べることができる。なんならご飯の方が脇役といった方がいい場合もある。カレーや麻婆豆腐ならなおさらだ。

のりのつくだ煮 主役にはなり難いが「殿様」を最高に引き立てる

さらに彼にとって「ご飯のとも」は「ご飯の友」ではなく、「ご飯の供」。つまり友達ではなく、家来という認識だったことも興味深かった。主役は米、米は殿様。殿様と対等に付き合おうとか、下克上を狙おうとする輩には、ご飯宴会の敷居は決してまたがせない。それがY家の「ちょっとルールが厳しい」の正体だったのだ。

そのルールを他の人はどう思っていたか。これは実に様々であった。「なんでもいいじゃん、おいしければ」という欲張り派、「ご飯にかけることができるのがご飯のお供、かけられずに別皿に盛るのがご飯のおかず」という独自ルール派、「違いとか考えたこともない。そんなことよりお代わりしようぜ」という食いしんぼう。