実はがっつり? 野菜たっぷりベトナム風サンドイッチ
サンドイッチが流行っている。本や雑誌でサンドイッチの特集が組まれ、街では専門店をよく目にするようになった。そうした中、異彩を放っているのがベトナムのサンドイッチ、バインミーの専門店。東京には約8年前に専門店が登場、たちまち人気となり、近ごろまた新規オープンが目立つようになってきた。
バインミーとは元々ベトナム語で、パンを指す言葉。転じて、これに具をはさんだサンドイッチも指すようになった。サンドイッチに使うのは、同地でポピュラーなフランスのバゲット風のパン。19世紀後半、ベトナムがフランスの植民地となり同国の食文化の影響を受けるようになって登場した。
そんなバインミーの歴史をまとめた自作のポスターを店内に張っているのは、昨年東京・大久保にオープンした「BAMI OISHI(バミー オイシイ)」。ポスターを作ったベトナム出身の店主ファン・フィ・チュオンさんは、「ネットで調べただけなので、正確じゃないかもしれないんですが」とはにかむ。
チュオンさんは建築を学ぶために来日。バインミーの店を始めたのは、義母が北部の首都ハノイでパン販売店を営んでいたことがきっかけ。バインミーに使うパンは、ベトナムのパン販売店の定番商品なのだ。
正確にいつから、サンドイッチとしてのバインミーがベトナムで食べられるようになったのかは分からなかったが、1946年から54年の第1次インドシナ戦争の後、フランスが撤退してから、フランスのバゲット風のパンを使ったベトナムサンドイッチが広まっていったらしい。
さらにベトナム戦争終結後の1970~80年代には、米国などへ多くのベトナム人が移住。結果、世界各国でバインミーが親しまれるようになったようだ。2011年には、世界で最も権威のある英語辞典とされる『オックスフォード英語辞典』に「バインミー」という言葉が収録された。
バインミーに使われるパンはあくまで、フランスのバゲット風のパン。見た目は「フランスパン」だが、「皮がバリバリ硬いフランスのパンとは違って、外側はパリっとしているものの、もっと軽い食感です」とチュオンさん。原料には小麦粉だけでなく米粉を使ったりすることで、中はふわっと軟らかい。チュオンさんは、日本の会社にバインミーに合うパンを作ってもらい、仕入れているという。
「具材は色々だけれど、バインミーに絶対に入っているのは、パクチー、キュウリとナマス」とチュオンさんは説明する。ナマスの具材は日本と同じようにダイコンとニンジンがポピュラーだが、現地ではカブやパパイアのナマスなども見かけるそう。もちろん、ベトナムの定番調味料のニョクマムも欠かせない。
6~7割の客はベトナム人だという「BAMI OISHI」で、ベトナム人に一番人気のサンドイッチは、豚肉のパテとグリル、野菜類を一緒にはさんだもの。パテと卵焼き、豚や鶏のグリルを合わせたものも人気だそうだ。赤身肉とレバーを合わせたパテを塗った上にボリューム感のある肉を載せたバインミーは、見た目以上に食べがいがある。豚肉はバラ肉を使っており、「ベトナムの人は、脂身が好きなんです」とチュオンさんは説明してくれた。
ベトナムには、街中に専門の屋台があり、カフェやレストランなど専門店以外の店でもバインミーを出す。学生の買い食いおやつの定番でもあるそうで、「中高生は学校帰りに、校門のすぐ外にあるバインミーの屋台に寄るんです」とファンさんは懐かしそうに目を細めた。
このバインミー、今年夏には、具材はもちろん、パンまで現地仕込みの自家製にこだわる店が東京・恵比寿に登場した。「EBISU BANH MI BAKERY(エビス バインミー ベーカリー)」だ。ハノイの北西部にある町、ビンイェンの人気パン販売店「フン・イエン・ベーカリー」でパン作りを修業した片岡亨さんがマネージャーを務める。
「イタリア料理のコックの経験があり、イタリアのパンは作ったことがあったので、ベトナムのパンもそれほど難しくないと思っていたのですが、これが想像以上に大変で……。店の人からOKをもらえたのは修業の最終日、14日目のことでした」と片岡さんは振り返る。
帰国してからは、ベトナムの味を再現できる粉を探すのにも一苦労。「普通に焼くと、皮の硬い、おいしいフランスのバゲットが焼けてしまうんです」と苦笑い。30種類以上の粉を試し、ようやく現在、店で出しているパンが完成したそうだ。皮は小気味がよいほどパリッとしているが、中はふんわり軟らかいパンだ。
「フン・イエン・ベーカリー」の近くには多くの工場があったため、毎朝、工場に向かう工員たちのバスが横付けされ、大量のパンを買って行ったそうだ。「ベトナムの人は、パンに余った惣菜などをはさみ、バインミーにしてよく食べます。ちぎって煮込み料理のソースにつけて食べたりもして、バインミーに使うパンは、サンドイッチだけではなく料理と一緒に食べるパンの定番なんです」(片岡さん)。
現地で具材も研究する中、「南部では北部より野菜をたっぷり使う、味付けも違うなど、地域によって様々なバリエーションがあることが分かりました。せっかくビンイェンのパン作りを覚えたのだから、バインミーの具材もこの町のものが合うはずだと思い、これだと思えるものを探しました」と片岡さんは言う。
色々な店を食べ歩く中、最も衝撃を受けたのが、ビンイェンでも飛び切り人気のバインミー店。30年続く老舗で、いつも夜中近くまで客で賑わっていたという。「これまでバインミーに使うパテはレバーペーストだと思っていたんですが、その店ではフランス料理のパテ・ド・カンパーニュのようなごろっとした肉の塊をはさんでいて、ものすごくおいしかったんです」(片岡さん)。パテ・ド・カンパーニュというのは田舎風パテという意味で、レバーのほか、様々な部位を使った肉の食感も残るボリューム感のあるパテのことだ。
具材の野菜も、それまで知っていたバインミーとは違っていた。葉物としてパクチーだけでなく、大葉やクエイと呼ばれるベトナムのバジルも使っていたのだ。「ベトナムではレストランに入ると、この葉物野菜の組み合わせが籠に山のように盛られ、料理と一緒に必ず出てきたんです。フォーに入れたり、肉と一緒に食べたり。向こうの肉は野性味たっぷりですが、香草類と一緒に食べるとけもの臭さを消してくれて、味のバランスが良くなる。バインミーのパテともよく合うなと思いました」(片岡さん)。
「EBISU BANH MI BAKERY」のバインミーのラインアップの中から、特に現地の味を伝えるものを選んでもらった。片岡さんが選んだのは、「自家製パテのバインミー」「自家製ベトナムハムのバインミー」「焼き豚肉のバインミー」だ。パテとベトナムハムは、現地の肉市場の人にレシピを教えてもらったという自家製のもの。パテはビンイェンの人気店のバインミーをイメージして、たっぷりパンにはさんでいる。
具材のパクチーやキュウリ、ナマスがぱっと目に入りやすいバインミーは「野菜たっぷりのヘルシーサンドイッチ」というイメージが強かったが、豚の皮やカシラなども入った肉の食感が際立つパテ入りのものを食べてみると、「肉を食べたい!」という時にもぴったりのサンドイッチであること気が付いた。
ちなみに、「焼き肉の味付けは、仲良くなったビアホイのおじさんに教えてもらったんです」と片岡さん。ビアホイとは、ベトナム版居酒屋。「パン店で修業している変わった日本人がいるというと、みんな興味を持ち、優しくしてくれて……。色々な人に料理を教えてもらいました」とただ学んだけではなく、ベトナム人の人情に心が熱くなったという。
20平方メートルほどの小さな店なので、毎日300~400個のパンを焼くのが限界だという「EBISU BANH MI BAKERY」では、閉店時間前に売り切れることが多いそう。「近隣の店に勤めるベトナム人が毎日来てくれたりするんですよ」と片岡さんはうれしそうに話す。
「今、スタッフが米国に行っているんです。北米はベトナムの移民が多いので、そこのバインミーを見て回っています。昔ながらのバインミーの味を大切にしつつ、徐々に幅を広げていきたいんです」と店の将来を思い描く片岡さん。サンドイッチ文化の発達した北米では、ベトナム戦争終結以来、数十年の時を経てどんなバリエーションが生まれているだろうか。これからが楽しみだ。
(フリーライター メレンダ千春)
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