海外M&A、半数が損失計上 買収先の目利き問われる
事業の拡大を目指す有力な手段としてM&A(合併・買収)に乗り出す企業は多いものの、成果を出すのはなかなか難しいとの声をよく聞きます。どこに原因があるのでしょうか。
日本政策投資銀行は今年6月、大手企業を対象にM&Aに関するアンケート調査を実施しました。過去にM&Aの経験がある企業のうち、海外案件を手掛けた246社の50%、国内案件を手掛けた451社の39%が「売却損や減損処理など、損失計上をしたことがある」と回答しました。
専門家の多くは海外案件で苦戦する原因として、競争入札による高値づかみ、買収後の経営管理の難しさを挙げます。早稲田大学の宮島英昭教授は「経営トップが買収を決断すると担当者は採算に合わない案件でも途中でストップをかけられなくなり、結果として失敗する事例が多い」と分析します。一方、政投銀でM&Aの仲介に携わる飯野登志樹課長は長年の経験から、「もともとよく知っている相手を買収すると成功する傾向がある」と主張しています。
アンケートでは、M&Aの案件を見つけたルートも尋ねています。金融機関からの紹介が圧倒的に多く、取引先や関係先からの紹介、相手先企業からの持ち込みと続きます。仲介手数料を稼ぎたい金融機関は案件を成立させようと動きますが、買収後のフォローは不十分になりがちです。仲介を頼むにしても、買収する相手を自分でしっかり見極めないと買収後の運営に苦労することになります。
三菱東京UFJ銀行の試算によると、法人企業統計の中で国内外のM&Aを含む「投資その他資産」が今年3月末までの1年間で33兆円増えました。「好調な業績を背景に今年もM&Aは高水準が続く」(経済調査室の横田裕輔氏)と予測します。政投銀の調査では、過去に海外M&Aで損失を計上した経験がある企業の6割以上が引き続きM&Aに積極的だと回答しています。宮島教授は「M&Aはリスクが高い投資だが、社内に専門部隊をつくり、M&Aに詳しい社外取締役らとも連携して目利き力を高めれば、成功する確率が高まる」と話しています。
■宮島英昭・早大教授「海外M&A、経営管理の専門家を育てよ」
日本企業がM&A(合併・買収)で苦戦しているのはなぜでしょうか。成果を挙げるためにはどんな工夫が必要でしょうか。国内外のM&Aに詳しい早稲田大学の宮島英昭教授に聞きました。
――日本企業によるM&Aの現状をどう評価しますか。
「国内と海外の案件を比べると海外のほうが失敗する確率が高いようです。海外のM&Aでは、買い手の側では半分くらいが失敗して損失を出しています。買い手は平均すると30%程度のプレミアム(上乗せ価格)を支払っています。買い手の経営ノウハウと買収対象の経営資源がうまく融合すればプラスアルファを生みます。いわゆるシナジーで、このシナリオがあってはじめて買収は採算に合います。1回当たりの金額が大きく、研究開発投資とは異なってリスクも高い。そもそも簡単な投資ではないのです。日本企業の海外M&Aは失敗が多いといえます」
――買収を決める段階で、何か問題があるのでしょうか。
「M&A戦略を実行する体制が十分ではない事例が見受けられます。時間をかけて体制を整え、M&Aの経験を積まないと、買収価格の決定やその後のマネジメントにも悪い影響が出ます。ただ、どんな企業でも最初の局面はあるので、徐々に体制を強化していくしかありません。M&Aを担当する部隊が常に『出物』に目を光らせ、すぐに動ける企業と、投資銀行から案件を紹介されてから検討する企業とでは差が出ます」
「買収される側の情報開示が十分でないうえに、買収する側に競合する相手が出てくると、どうしても高値づかみになります。企業の買収は家を買うのと同じで、同じ案件は2つとありません。逃してはいけないという意識が働きがちです。経営トップが買収の意思を固めてしまうと、担当者は買収を成立させることが目的になり、採算に合わない案件でもストップがかからなくなります」
――M&Aを成功させるには何が必要ですか。
「高値づかみを防ぐには、社内の最高財務責任者(CFO)と社外取締役がタッグを組み、事前に厳しくチェックすべきです。チェックを経て買収した後は、現地のマネジメントを担える人材がいるかどうかで、成否が分かれます。日本から送り込む人材の質を高めるしかありません。早くからM&Aを手掛けてきた日本企業の中には、海外子会社の管理を専門に担う人材を育てている事例もあります。オペレーションは現地の人材を中心にし、日本人スタッフとうまく協力しています」
――今後のM&Aの見通しは。
「日本の国内市場の縮小は避けられません。国内の投資機会は減りますが、企業の財務改革は進んでいるので、キャッシュは豊富です。キャッシュの使い道として海外M&Aを選ぶ企業は増えるでしょう。M&Aには色々なタイプがあります。例えば日本電産はモーターに対象を絞り、自ら投資対象を探してアプローチしています。最初は国内案件から始め、やがて海外案件を手掛けるようになりました。海外に自前で工場を建てるよりはM&Aのほうがコストがかからないとの判断です。空調大手のダイキン工業は、良い案件があれば買収するというやり方で成功しています」
(編集委員 前田裕之)
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