将棋棋士にとって対局に臨むスーツや和服は文字通りの「勝負服」。それゆえ、服装にこだわる棋士は少なくない。豪放な棋風で知られた升田幸三・実力制第4代名人は洋画家の梅原龍三郎氏が特別に筆をとった手描きのネクタイを締め「カネで買えるのとはモノが違う」とうそぶいたという。現在の棋界でのファッションリーダーは佐藤天彦名人(29)だろう。2016年、絶対王者の羽生善治王座から名人を奪取、今年防衛を果たして2期目に入った。次代を担う若き名人に装いについて聞いた。
後編「スーツもいいけど和服もね! 将棋『貴族』の勝負服」もあわせてお読みください。
――ファッションに凝るようになって10年ほどとのことですが、装いと勝負に何らかの関係はありますか。
「私の場合は『ファッションにこだわったことで現在の自分がある』という面がありますね。成功を引き寄せるために服装に凝ったわけではなく、巡り巡っての結果ですが」
「服は毎日着るものです。自分の好みのイメージを具象化しようとあれこれ考えていると、毎日の楽しい時間が多くなります。生活が明るくなり豊かな気持ちになれる。将棋の勉強も自然に入っていけるようになります。義務感から無理やり研究しても身につきません。趣味のファッションを起点に人生のサイクルがプラスの方向へ回っていくようになりました」
「対局中、自分の手番の際は一生懸命考えます。しかし、相手の手番の時も考え続けていると、そのうちに疲れて集中力が切れてしまいます。ある程度構想がまとまったら一度は頭から将棋を追い出して、ファッションのことなどを考えていたりします。表情には出しませんが次はどの服を買おうとか、買った服をどうコーディネートしようとか思案を巡らせています(笑)」
■ 21歳でファッションに魅了
――18歳で四段に昇段、プロ棋士になる前から服装には関心が強かったのですか。
「高校生のころ、友人と遊んでいたときに、自分は『イケていない』と思ったのが最初です(笑)。21歳のころにファッション雑誌で紹介されていた『アン・ドゥムルメステール』というブランドに魅せられてしまいました。まず『オフ』の服装からのめり込みました」
「ベルギー生まれの女性デザイナーが立ち上げたブランドで、黒をベースにして中・近世ヨーロッパを思わせる装飾が適度にほどこされたデザインが特徴です。そうしたクラシカルなエッセンスを取り入れつつ現代で着こなせる服装です。ただ1点1点が高額なので当時の年収では厳しかった。購入するようになったのはしばらくたってからです」