パラリンピック競技をゲーム感覚で楽しめる装置を、IT(情報技術)ベンチャーのワン・トゥー・テン・ホールディングス(京都市)が開発している。第1弾として今年1月に車いすの陸上レース、8月にはボッチャを投入した。自らも頸椎(けいつい)損傷という重い障害を持つ沢辺芳明社長(43)は「マイナーな存在のパラスポーツをテクノロジーの力で再定義し、ポジティブなイメージに刷新したい」と意気込んでいる。
「サイバーウィル」はレース用車いすと同じ形をしており、両脇の車輪のほかに前方に小ぶりの車輪がついている。ゴーグルをつけて乗り込み両脇の車輪を回すと、近未来の東京の街を走っている感覚を楽しめる。

記者も試乗してみた。仮想現実(VR)で設定された距離は200メートル。必死に車輪を回すが、ゴールは思ったより遠い。到着した時には腕の筋肉がパンパンになった。これでも子供が体験できるように本物よりかなり軽くしてあるという。タイムは60秒。パラアスリートは30秒を切ると聞いて驚いた。
開発したワン・トゥー・テンによれば「車輪の曲線に沿って、手をできるだけ下のほうまで押し出して勢いをつけるのがコツ」。腕の力だけでなくテクニックがモノを言うようだ。車いすレースの面白さ、奥深さの一端に触れられた気がした。
疑似体験にとどまらず、ボッチャを仲間同士で手軽にプレーできるようにしたのが「サイバーボッチャ」だ。
ボッチャはカーリングに似たルールで、ジャックボールと呼ばれる白い球に最も近づけた球の数で勝敗を競う。ワン・トゥー・テンのサイバーボッチャではセンサーが自動的にすべての球の距離を測定してくれるため、プレーヤーはどちらのチームが優勢か即座に分かる。
プレー中の映像や音楽も凝っている。ゲームの序盤はピー、ピー、ピポッといった電子音が規則的に鳴っているだけだが、プレーヤーがボールを投げるたびにドラムやベースなどの音が重なっていき、コート上に波打つような幾何学模様が映し出される。ロックコンサートの会場にいるような感覚だ。
そうした雰囲気に後押しされて、勝負はいやが上にも盛り上がる。「対戦相手を困らせるには、どういうボールを投げたらいいか」など、プレーヤーはついつい意地悪く考えてしまうはずだ。「お酒を飲みながらでも楽しめる」とワン・トゥー・テンの沢辺社長は話す。
パソコンや家電がそうであるように、優れたアイデアさえあれば世界中から部品を調達して完成品に仕立てられる環境がワン・トゥー・テンの追い風となっている。たとえばサイバーボッチャはボールが上下に重なった場合に下にあるボールの色を判別できないという課題があるが、沢辺社長はパナソニックと連携して改善していく考えだ。
世界でも珍しいパラスポーツの「ゲーム機」。そこに着目したワン・トゥー・テンとは一体、どんな会社なのか。
実は創業者の沢辺社長自身、車いすに乗る障害者だ。高校3年生のときのバイク事故で頸椎を損傷し、首から下を動かせなくなった。京都工芸繊維大学に進学後、独学でプログラミング言語やウェブデザインを習得。在学中の1997年にワン・トゥー・テンを立ち上げた。「ちょうどインターネットが広がり始めた時期で、デジタルの世界に可能性を感じた」と振り返る。
創業当初は福祉関係の団体などからホームページ作成などを請け負っていたが、「同情されて仕事をもらうのではなく、ビジネスで勝負したいと考えるようになった」。そのため、自らが障害者であることをあえて隠し、一般の企業に絞って営業をかけた。人と会わなければならないときは、大学の仲間に代理を頼んだという。
転機は2015年。障害者スポーツの支援を手がける「日本財団パラリンピックサポートセンター」が実施したオフィスのデザインコンペに参加した。「ウェブデザインから事業領域を広げて会社の規模をもっと大きくしたい」と考えたためだ。そこで契約を勝ち取ったことをきっかけにパラリンピックと接点が生まれ、サイバーウィル、サイバーボッチャの開発につながった。
16年度の売上高はグループ全体で約20億円。一般企業を相手に積み上げてきた実績が自信となり、障害者関連のビジネスには手を出さないという封印を自ら解くことになったのかもしれない。「20年の東京パラリンピックを控え、日本人として、そして障害者として、自分にしかできないことがある」。沢辺社長は次の一手に思いを巡らせている。