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熊川哲也 新作バレエ「クレオパトラ」に挑む

2017/9/23

バレエダンサーの熊川哲也さんが率いるバレエ団「Kバレエカンパニー」は、初の完全オリジナル作品「クレオパトラ」を10月に初演する。日本を代表するバレエダンサーとして世界に名をはせた熊川さんだが、今は芸術監督や振付師として活躍の場を広げ、演出家としての評価も高い。新たな表現への挑戦について聞いた。

原作も音楽も存在しない地点から作り上げる

熊川さんはこれまでも「白鳥の湖」や「ジゼル」といった古典バレエ作品を独自の演出で生まれ変わらせたほか、2014年にはビゼーの名作オペラ「カルメン」をテーマにしたオリジナルのバレエ作品をつくりあげ、新境地を切り開いた。

そんな熊川さんが今回手掛ける新作「クレオパトラ」は、原作も音楽も存在しない地点から、全てをいちから作り上げる初の試みで、注目を集めている。クレオパトラをめぐる史実に基づき、波乱に満ちた女王の半生を描くオリジナルのストーリーを展開するという。3年ぶりの新作だが、熊川さんは出演せず、監督に徹する。公演はオーチャードホール(東京・渋谷)で10月6~9日と同28~29日、東京文化会館(同・台東)で同20~22日に開かれる。初挑戦となる完全オリジナル作品の制作は「難産」だったという。

――新作「クレオパトラ」をどう構想したか。

「バレエ公演では女性がタイトルロールを飾ることが多い。シンデレラ、ジゼル、カルメン、と女性が憧れるキャラクターやお姫様はやり尽くされていて、新たに探そうにもオリジナリティーがない。より強いインパクトのある、未来永劫(えいごう)続く、英雄的な偉業をなし遂げ、ストーリーを展開できる人物は、と考えてクレオパトラがひらめいた」

――音楽はどう選んだのか。

「バレエに欠かせないのは音楽だ。題材が浮かんでも、イメージに合う、踊れる音楽が見つからなければ新たなバレエ作品はつくれない。『眠れる森の美女』なら、チャイコフスキーが作ってくれているわけで、そういう音楽を『クレオパトラ』のために発掘する必要があった。エジプトに関連する作曲家の作品や、エジプトの民族音楽を片端から聴いた。そこで見つけたのがカール・ニールセンの『アラジン』。この曲に出合わなければ、今回の舞台はつくれなかった」

――バレエに合う音楽とは何か。

「人の感情を揺さぶる力を持っているかどうかが重要だ。心が動かされる音楽には、自然と体も動くので、舞踊にも合うといえる」

カール・ニールセンは、日本では多くの人にとってなじみのある作曲家とは言えない。だがニールセンはデンマークを代表する作曲家で、とりわけ「アラジン」は一度聴いたら鼻歌で歌えてしまいそうな、記憶に残る個性的な作品だ。舞踊に合う音楽を見つけ出すのも監督の仕事だ。

恋愛と権力闘争で絡み合う人間関係を描く

テーマと音楽が決まってからも、困難は続く。ストーリーの基になるのは史実だが、2000年以上前の話で真実は誰にもわからない。伝説や言い伝えから魅力的な要素を集め、クレオパトラの半生を描く全2幕の舞台を組み立てていった。

できあがった物語は紀元前のエジプトとローマを舞台に、数々の恋愛と権力闘争でクレオパトラを巡って複雑に絡み合う人間関係を描くドラマチックなストーリーだ。最もこだわったのは、権力者として国を背負い、女性としてたくさんの恋愛を経験する一人の女性の人間描写だった。

――バレエで感情を表現するのは難しいか。

「確かに大変なときもある。せりふがないので、言葉にすれば簡単に説明がつくことも難しい。例えば『カエサルが好きだ』とか、『アントニウスを待っている』なども言葉を使えば一瞬で伝えられるが、これを舞踊を通して見せなくてはならない。バレエ表現にはつきものだが、観客の受信力にも期待したい」

公演初日まで1カ月余りとなった8月末、Kバレエカンパニーのスタジオでの練習が報道陣に公開された。クレオパトラ役を演じるのは、バレエ団のトップダンサーである中村祥子さんと浅川紫織さんのダブルキャスト。この日は中村さんの扮(ふん)するクレオパトラが、カエサルの殺害を嘆き悲しむ場面などを披露した。バレエならではの美しい踊りの合間に、ストーリーを伝える演劇的な表現がふんだんに盛り込まれている印象だ。

別のシーンではダンサーが手足の関節を90度に曲げた、エジプトの壁画の人物を思わせる踊りもあり、クラシックバレエではあまり見ない動きが興味深かった。「バレエでエジプトを表現するのに苦労した。エジプトの民族舞踊はまさに壁画に描かれているような踊りなので、バレエの形式美を保ちつつ、民族舞踊の要素をふんだんに取り入れた。一方、ローマの場面はクラシックバレエで対照的な違いを表現した」

踊りやすい空間を前提にしない舞台美術

――世界一流のオペラ劇場で活躍するダニエル・オストリング氏を舞台美術に起用した狙いは。

「踊りやすい空間づくりをあえて前提条件にせず、見た目にインパクトのある舞台のデザインを頼んだ。古典バレエは形式美を守らなければならないので、例えば、舞台の真ん中に噴水を置くなんてことはできない。だがオリジナル作品であれば、効果的な舞台セットに合うよう振り付けを工夫することもできる」

――新作「クレオパトラ」を楽しむポイントは。

「幕が開いてから下りるまで、もっと言えば、幕が開く前から見終わった後の高揚感まで堪能してほしい。劇場空間にはそれを可能にする魔力が発生している」

熊川さんは10歳でバレエを始め、バレエダンサーの登竜門といわれるローザンヌ国際バレエ・コンクールで日本人初の金賞を受賞した。その後、東洋人として初めて英国ロイヤルバレエ団に入団し、主役を踊るプリンシパルにまで上り詰めた。

26歳のときに帰国して立ち上げた「Kバレエカンパニー」では、振り付けや舞台の演出を手掛けながら主役を踊り、興行的にも成功させる責任を負う重責を担っていた。最近では出演の回数も減り、芸術監督の仕事に重心を移しつつある。今回の「クレオパトラ」にも一切出演しない。

――2012年にはオーチャードホールの芸術監督に就任した。ダンサーと芸術監督の仕事の違いは。

「自分がダンサーとして踊っていた頃は、自分の商品価値を十分理解した上で、バレエ団を運営していた。自分が商品だから、何があっても自分が踊れば経営は成り立つ、という部分があった。だが今はそうはいかない。自分は表舞台から少しずつ裏方に入り、メンバーの管理、舞台の監督からバレエ団の運営と経営にあたっている。いかに興行的に成立し、かつ投資した分を回収できるか、というのは常に念頭にある」

「一切踊らず、芸術監督に徹した初めての作品『シンデレラ』は興行的に大変なプレッシャーがあった。よくニーズに合うものを追求する、なんて言うけれど、生活必需品ではないバレエにはニーズなんてはっきりいってないと思う。いかにコアなバレエファンの心をつかみ続けるかがポイントだ」

言葉なく時空を超えて異次元の世界を見せる

一流の舞踊家でありながら、熊川さんは冷静に市場を分析しつつ、バレエ団の運営にあたる経営者の一面をのぞかせる。ただ、立場が変わっても「バレエと向き合う感情や感覚は変わらない」と言い切る。リハーサルでダンサーを見つめるまなざしは、インタビュー中の表情とはまるで違う。10歳で始めたバレエを辞めたくなったことは一度もないという。

――バレエの魅力はどこにあるのか。

「言葉がないからこそ、頭の中、心の中の世界を生み出せるのがバレエだ。映画や演劇、ミュージカルは、見ているときには入り込めるかもしれない。バレエは時空を超え、異次元の世界を見せられるのが強みだと思う。言葉がなくても劇場の空気を動かすような観客との交流ができる。かつて画家や脚本家、建築家、作曲家など、素晴らしい頭脳とセンスの持つ偉人たちがこぞってバレエに力を貸してくれた時代があった。バレエは総合芸術として追究していける。ハイカルチャーだと思う」

日本に帰ってきた18年ほど前は、来日する外国のバレエ団の公演に観客が大勢集まる一方、日本人ダンサーの舞台に対しては意外と冷たかったという。「今は劇場やオーケストラのレベルやダンサーの体形、セットや衣装にかけられる予算など、どれも外国に引けを取らない」と主張する。

熊川さんがつくりたいのは「古典になりうる作品」だという。「我々は劇場に人が集まらないと成立しない職業だ。手を変え、品を変え、お客さんが見に来てくれる舞台づくりに世界中のバレエ団がしのぎを削っている。ただ自分としては、どんなときでもバレエが高貴、高尚なハイカルチャーであり続けてほしいし、そういえる作品をつくっていきたい」。100年後にも観客の心を捉えるような、普遍的な作品作りを目指す考えだ。

完全オリジナル作品となる「クレオパトラ」には、熊川さんが思い描くバレエへの理想が詰め込まれる。2000年前のエジプトへと、時空を超えるバレエならではの舞台の魅力を見せてくれそうだ。

(映像報道部 槍田真希子)

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