相続・税金

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海外に移住した子供は相続税免除か? 進む節税封じ 税理士 内藤 克

2017/9/22

相続税・贈与税のないシンガポールには日本の富裕層も移住している 写真=PIXTA
「内藤先生。実は息子が農業ビジネスをするためにブラジルに移住することになったんです」
「大学時代から興味をお持ちのようでしたからね」
「本人は親の遺産とか興味ないみたいで、『何もいらないから』と言っていました」
「弟さんや妹さんに申し訳ないと思っているのでしょうね」
「で、そもそも国外に移住する息子は相続権を失うんですか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。財産を引き継げば日本の相続税もかかってきますし」
「あら? 何か複雑なことになりそうですね」

■外国籍の相続人も扱いは同じ

日本の民法では、被相続人(亡くなった人)が日本人であれば、配偶者や子供(養子や外国で生まれた場合も含む)などの相続人が外国籍であっても、日本の法律に基づいて相続手続きを行うと規定しています。今回のケースは親子ともに日本国籍で外国に移住する息子の話ですので、ブラジルに移住してももちろん被相続人の権利義務を引き継ぐことになります。その後、仮に息子が日本国籍を放棄して外国籍を取得したとしても、被相続人が日本人という点は変わらないので、やはり日本の法律に基づいて相続手続きが行われることになります。

実際に相続が発生したときには「分割協議」を行って誰がどの財産を取得するかを話し合い、合意したら「遺産分割協議書」を作成して、全員が署名なつ印する必要があります。その場合、海外に居住している相続人にも連絡を取って印鑑証明(サイン証明)をそろえてもらい、他の相続人と同じ手続きをしなければならないということです。

ただし、米国のように「相続手続きは相続財産の所在地の国の法律に従う」という国もあります。そのため日本の被相続人がハワイに不動産を所有していた場合などは、米国の法律に基づいて不動産の所有権移転手続きをすることになります。こういう場合に日本での分割協議書や遺言と、ハワイでの相続手続き(日本にはないプロベート、ジョイント名義、トラストなど)のどちらが優先されるのでしょうか。ケースバイケースではありますが、ハワイでジョイント名義にしている場合は、私法上の相続財産を構成しない(ジョイントが優先される)という判例が出ています(東京高裁2014年11月20日)。

ハッキリしているのは、日本と米国の両方で何度も複雑な手続きをしなければならないとなると、残された家族が大変だということ。双方の手続きを理解している専門家の力を借りて、相続後の手続きがスムーズに進むように準備しておかなければなりません。

■巨額贈与でふさがれていった海外節税

海外相続については時代とともに変わってきている部分もあります。私が相続税法を勉強していた1985年当時は、「相続人が国内居住か海外居住か」だけで課税財産の範囲が決まっていました。子供がどこに住んでいるかが重要で、海外居住であれば日本にある財産のみが日本の相続税の対象になり、国内居住であれば世界中の財産に対して日本の相続税がかかりました。言い換えれば子供を海外に住まわせておけば、全財産のうち一部(日本にある財産)に相続税がかかるだけで済むということです。

これは贈与税にも同じことがいえたため、子供を海外に居住させたうえで海外財産を贈与して、日本の贈与税を免れるという手法がこのころ流行しました。有名なのは99年ごろから世間の注目を集めた「武富士税務訴訟」です。

この訴訟では受贈者(贈与を受けた側、武富士前会長夫妻の長男)の居住地が問題となり、東京高裁では「贈与時、実際には日本に住んでいた」とされ、1300億円もの追徴課税がなされました。しかし最高裁の逆転判決で「香港に住んでいた」と認定され、追徴課税は取り消されて、逆に国側が還付加算金400億円を含む2000億円を長男に支払うという、極めて異例の結末になりました。個人への還付額としては過去最高といわれています。

その後2011~13年に外国籍の孫に対する5億円の贈与をめぐって「課税逃れではないか」と争われた「中央出版事件」を経て、受贈者が外国籍であっても、国外財産も含めて日本の相続税・贈与税の対象となるようになりました。

この2つの巨額贈与事件により税制改正がなされ、現在は「被相続人が日本に住所を有していれば、相続人がたとえ海外に何年居住していても日本国籍を失っても、世界中の財産に対して日本の相続税を課税する」という扱いになっています。つまり国外財産について相続税や贈与税をかからなくするためには親が日本にいてはダメで、親子そろって海外に移住しなければならなくなったのです。

それでも相続税や贈与税がない香港、シンガポールなどに財産を移し、親子で住むことで節税を狙う富裕層が後を絶ちませんでした。以前の規制は「5年縛り」で、「親子がともに5年を超えて国外に住んでいれば、国外財産は課税対象から外す」と比較的緩かったからです。今年の4月からこれは「10年縛り」に強化され、親子ともに海外に10年を超えて住んでいるのでなければ、現地の財産にも日本の相続税や贈与税がかかるようになりました。つまり節税目的の移住はほぼ完全に封じ込められたのです。

ただしこれらは「国外財産」について日本の相続税・贈与税がかかるかどうかの話であって、「国内財産」については別です。親子でシンガポールに移住してたとえ何十年たっても、国内財産には日本の相続税がかかるので注意が必要です。

内藤克
税理士法人アーク&パートナーズ 代表・税理士。1962年生まれ、新潟県長岡市出身。97年に銀座で税理士・司法書士・社会保険労務士による共同事務所を開業。2010年に税理士法人アーク&パートナーズを設立。弁護士ら専門家と同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行っている。日本とハワイの税法に精通し、ハワイ税務のコンサルティングも行う。趣味はロックギター演奏。

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