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日本のスタジアム改革 壁は資金不足と複雑な権利関係 スポーツ競技場のIT武装~シスコシステムズに聞く(下)

スポーツイノベイターズOnline

2017/11/11

ガンバ大阪の本拠地である「吹田サッカースタジアム」。250枚のサイネージが設置されている(大阪府吹田市)

 スタジアム、アリーナなどスポーツ競技場へのIT(情報技術)導入で、日本は大きく後れを取っている。2025年までにスポーツ市場の規模を現状の約3倍の15.2兆円に拡大するという国の目標を達成するうえで、スタジアム・アリーナ改革は有力な手立てとなる。20年の東京五輪・パラリンピックに向けIT化の旗を振るシスコシステムズ日本法人の鈴木和洋専務執行役員に、展望と課題を聞いた。(聞き手は日経BP社デジタル編集部 内田泰)

シスコシステムズ合同会社専務執行役員戦略ソリューション・事業開発 兼 東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部担当の鈴木和洋氏

 ――IT化が進んでいる米国と比較して、日本のスタジアム・アリーナの現状をどう見ていますか。

 鈴木 正直、米国と比べてかなり遅れていると思います。とりあえず無線LAN「Wi-Fi(ワイファイ)」が導入され始めたという段階で、ITを基盤にしたサービス提供も試験的なものが多いのが現状です。そもそも、多くのスタジアムがまだIP(インターネット・プロトコル)ネットワーク化されておらず、監視カメラやテレビなどが同軸ケーブルで接続されているケースもあります。

 ただ遅れている分、成長期待は大きいです。米国では1990年代後半からのスタジアムの更新期が過ぎて、現在では(大きな変化のない)「水平飛行」に入っています。IT化のビジネスの中心は、空港などにシフトしています。日本のスタジアム・アリーナ向けのビジネスは、20年の東京五輪・パラリンピックまでの3年間がチャンスと見ています。

 ――日本で、どの程度の効果が見込めるのでしょうか。

 鈴木 米国にはこんな事例があります。人口が184万人(三重県と同程度)と全米38位のネブラスカ州は、はっきり言って「田舎」です。しかしアメリカンフットボールの強豪校、ネブラスカ大学の試合はいつも9万人の観衆で満席になります。同大学の「メモリアルスタジアム」はアメフトだけでなく、ほかのスポーツの試合など多目的に使えるようになっており、14年の売り上げは9400万ドル(約106億円)もあります。これはJリーグでトップの売り上げの浦和レッズ(16年度は約66億円)を大きく上回っています。

 多くの人が「ネブラスカ州には他に娯楽がないからだろう」と言いますが、米国の田舎にある大学がこれだけ稼げるのだから、日本でもきちんと工夫さえすれば良いビジネスを構築できるはずです。

楽天ゴールデンイーグルスが本拠地とする「Koboパーク宮城」にはWi-Fiのアクセスポイントが300基程度ある(仙台市)

 ――これまでに日本でシスコのスタジアム向けソリューションを導入した事例を挙げてください。

 鈴木 西武ライオンズが本拠地とする「メットライフドーム」、楽天ゴールデンイーグルスの「Koboパーク宮城」、ベガルダ仙台の「ユアテックスタジアム仙台」などは、シスコ社の高密度Wi-Fiを導入しています.たとえばKoboパーク宮城にはWi-Fiのアクセスポイントが300基程度あります。ただし電子看板(デジタルサイネージ)はありません。一方、ガンバ大阪の「吹田サッカースタジアム」には250枚のサイネージがあり、試合の4K・ハイビジョン映像をリアルタイムで映し出せるようになっています(一部はパナソニックのソリューションを使用)。

 ――日本でスタジアム・アリーナのIT化を進める際、何が障害になっていますか。

 鈴木 「素晴らしいビジネスプランや収益モデルがつくれたが、初期投資に必要な資金がない」というケースが多いです。特に地方ではほとんどそうです。日本の場合、3万人規模のスタジアムに、高密度のWi-Fi、サイネージ、スマートフォン(スマホ)アプリ・コンテンツの作成といったソリューションを導入すると、工事費込みでおよそ5億~10億円程度の投資が必要になります。シスコでは、ファンドを通じて初期投資をお手伝いするスキームも用意しています。

 ただスタジアムのハコモノは最低でも200億円以上かかりますし、必ず老朽化して魅力が薄れます。それに比べるとIT化の投資はかなり安いと思います。いったんスタジアムをIT化すれば、収益化のポイントがいろいろ出てきます。スタジアム関係者だけでなく、IT企業、広告代理店などさまざまな立場の人々が協力して事業モデルをつくっていくべきだと思います。まずスポーツビジネスで成功モデルを顧客と一緒に複数つくり、それを積み上げてこのビジネスが成り立つことを世の中に証明したいと考えています。

 ――資金面以外の課題はありますか。

 鈴木 利権構造が複雑という問題があります。スタジアム、フランチャイズ(興行権)、物販を別々の組織が運営していることが多く、ステークホルダー間の調整が大変です。私は総務省が主催した「2020年に向けた社会全体のICT化推進に関する懇談会」の「スポーツ×ICTワーキンググループ、スポーツデータ利活用タスクフォース」に参画していましたが、そこで以下のような提言をしました。

1. 地方での「スタジアム・アリーナ改革」は地方創生の一環なので、助成金など支援策を設けてほしい
2. 現状、スタジアムの立地によっては広告・景観規制があって、演出や広告の表現方法に制限がある。プロジェクションマッピングのように自由に壁を使ったり、大型スクリーンによる多彩な演出ができない場合がある。「特区」のような制度をつくって、広告・景観規制を緩和してほしい
3. そもそもIT系の人材が地方で不足しており、スタジアムでのIT活用についてプランニングできる人材がいない。人材を採用する際に、国が支援してくれる制度を設けてほしい

 ――鈴木さんが提言したように、スタジアム・アリーナ改革では地方創生にどう結びつけるかという観点が重要になっています。これに関して、シスコはどう取り組んでいますか。

 鈴木  スタジアムとその周辺までを含めた活性化の観点でお手伝いをしています。街灯やごみ箱、パーキングスロット、環境センサーなどいろんなものをネットワークでつないで安全・安心な街づくりをしたり、効率的な都市の創造に取り組んでいるので、それらをうまくスタジアムと連携させたいと考えています。

 海外にも、シスコが関与している同様の取り組みがあります。オーストラリアのシドニーでクリケットの試合などに使われるスタジアムを建設中なのですが、周辺のスマートシティーのサービスと連携させようとしています。18年以降に実証実験を始めることを検討しています。

米国のスタジアムの最新事情については連載前編の「米国の最新スタジアム、3千枚の電子看板が『一体感』」をお読みください。

鈴木和洋
 シスコシステムズ合同会社 専務執行役員 戦略ソリューション・事業開発兼東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部担当。1983年慶大経卒。マイクロソフト、日本アイ・ビー・エムを経て、日本チボリシステムズ 代表取締役社長、ダブルクリック代表取締役社長兼CEOを歴任。現在は経済同友会・経済懇談会委員、経済産業省IoT推進委員会委員、総務省2020スポーツX ICT委員などを務めている。

[スポーツイノベイターズOnline 2017年9月6日付を再構成]

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