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米国の最新スタジアム、3千枚の電子看板が「一体感」 スポーツ競技場のIT武装~シスコシステムズに聞く(上)

スポーツイノベイターズOnline

2017/11/10

NBAのブルックリン・ネッツが本拠地とする「バークレイズセンター」。コート上の大型スクリーンで、マルチアングル映像を映し出している(米ニューヨーク州)

 スタジアムやアリーナといったスポーツ競技場にIT(情報技術)の波が押し寄せている。大型ビジョンのほかに電子看板(デジタルサイネージ)を至るところに設置。観客のスマートフォン(スマホ)とも無線LAN「Wi-Fi(ワイファイ)」で接続し、試合映像やデータを配信する。こうしたスタジアム・アリーナのIT革命を先導してきた企業の一つが米シスコシステムズだ。日本法人で2020年の東京五輪・パラリンピックを担当する鈴木和洋・専務執行役員と赤西治・推進本部部長に世界の最前線の状況と日本市場の見通しを聞いた。(聞き手は日経BP社デジタル編集部 内田泰)

シスコシステムズ合同会社専務執行役員戦略ソリューション・事業開発 兼 東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部担当の鈴木和洋氏

 ――米国でスタジアムへのIT導入が進んだのは、いつごろからでしょうか。

 鈴木 1960年代にできたスタジアムが古くなってきたため、建て替え・新設ラッシュが1990年代後半から2000年代前半ごろにかけて起きました。そのときにITが導入され始めました。まずWi-Fiを完備し、次にサイネージを設置しました。今ではWi-Fiに接続した観客のスマホにアプリを経由してサービスを提供したり、サイネージに試合の映像や広告を表示したりするのが一般的になっています。「Wi-Fi」「サイネージ」「スマホのアプリ」の3つが重要なセットとなっています。

 ――それによって米国のスポーツ観戦はどのように変わりましたか。

 鈴木 「スタジアムに来る観客が何を望んでいるのか」についての米国のある調査によると、観客は常にWi-Fiでネットにつながり、試合の模様を写真や映像に撮ってツイッターやインスタグラムに投稿し、さらにスマホで試合のリプレー映像や選手などのデータをみたいそうです。つまり、スタジアムはもはや単に試合を見に来る場ではなく、ファンに新しい体験を提供する場になっています。米国では地方のスタジアムは「ボールパーク」として一日家族で遊べる場、ニューヨークでは商談などビジネスの場として活用されています。

 ITを活用した「おもてなし」はこんなイメージです。

1. スマホのアプリでチケットを購入
2. スタジアムへ車で行ったら、空いている駐車場所をスマホで確認してとめる
3. 売店の前にあるサイネージでクーポンを発行しているので、スマホでゲット
4. スマホで自分のいる場所を検知して、席に誘導してもらう
5. 席に座ったら「5ドルでアップグレード」とスマホに表示されたので、申し込んでフィールド近くのもっといい場所に移動
6. 試合開始までの時間に、選手の過去のデータを見たりファン参加型のゲームをスマホで楽しんだりする
7. スマホでマルチアングル映像やリプレー映像を見ながら試合観戦
8. スマホで飲食物を注文・決済。売店でバーコードにスマホをかざし、注文した品を待ち時間なしで受け取る
9. 試合後はスマホで渋滞情報をチェック
10. 帰路が混んでいるので、スマホクーポンを使ってレストランで食事

 これらのほとんどが米国のスタジアムで実現しています。5の座席のアップグレードだけはまだ珍しかったのですが、プロバスケットボールのNBAではすでに導入されています。

 ――ITは収益に貢献するのでしょうか。

 鈴木 広告枠やファンへの直接的なコンタクトが増える結果、収益の機会が拡大しています。ファンへの物販の拡大も期待できます。スタジアムに来た観客は、気分が高揚しているからです。例えば、長蛇の列に並ばすにスタジアム専用のアプリで商品を購入し、それが家に届けばうれしいでしょう。

 こうした取り組みによって、米国のスポーツビジネスは収益が拡大しています。例えば野茂英雄氏が米メジャーリーグ(MLB)に移籍した1995年当時は、MLBと日本のプロ野球(NPB)の売り上げ規模に大差はなかったのですが、今では5倍以上の開きがあります(MLBは年間1兆円超)。

 ――チーム力の強化にも役立ちますか。

 鈴木 これまでの日本のスポーツビジネスでは、「チーム強化→ファン増加→収益増加→強い選手の獲得でさらに強化」、という正のループを回すのが基本戦略でした。しかし、いったんチームが弱くなるとファンが減って負のスパイラルに入ってしまいます。実際、このようなパターンが多く見られました。

 これからのスポーツビジネスでは、単にチームを強くするだけでなく、スポーツをエンターテインメントと捉えて「感動体験」を与えることが重要になります。たとえチームが勝てなくなってもファンに来てもらえるような場を、ITを活用して創りましょうと我々は提唱しています。ITを活用すれば広告価値が高まり、さらに試合の映像やスタッツをスマホに配信してファンの満足度を高め、ITを通じて取得した試合や選手のデータをチーム力強化に生かすこともできます。そして収益が高まればITに再投資できます。こうした持続的な成長を実現するサイクルを作るのが我々の理想です。

「バークレイズセンター」にはサイネージが約800枚設置されている

 ――米国における先進的な事例を教えてください。

 赤西 シスコの顧客でサイネージを最も多く導入しているのは、米プロアメフトNFLのダラス・カーボーイズが本拠地とする「AT&Tスタジアム」(テキサス州、収容8万人)で約3000枚です。他にも例えば、MLBのニューヨーク・ヤンキースの「ヤンキースタジアム」(ニューヨーク州、5万4000人)は約1000枚、NBAのブルックリン・ネッツの「バークレイズセンター」(ニューヨーク州、1.8万人)は約800枚設置しています。ここまで数が増えるとスタジアム・アリーナに「どこでもライブ」の一体感が出て、効果的な演出が可能になります。観客もお尻がちょっと痛くなったので、ちょっと席を外してみようと思うようになります。

「TDガーデン」ではシースルー型ディスプレーを使ったサイネージが天井からつり下げられている

 鈴木 米国ではサイネージにおける広告表現が多彩です。例えば、NBAのボストン・セルティックスと米プロアイスホッケーNHLのボストン・ブルーインズが本拠地とする「TDガーデン」(マサチューセッツ州、収容1.8万人)には、シースルー型ディスプレーを使ったサイネージが天井からつり下げられています。そこにチームの旗がなびくような映像を送るなどして、観客の関心を引くのです。

 TDガーデンの壁に埋め込まれたサイネージには、試合の映像がリアルタイムで配信され、そこに動画広告が重ねて表示されます。広告表現や配置を工夫することで、収益化できているのです。米プロサッカーMLSのスポルティング・カンザスシティーが本拠地とする「チルドレンズ・マーシーパーク」(カンザス州、約1.8万人)では、数百枚のサイネージの導入によって、広告収入が従来比4倍に増えたそうです。

「TDガーデン」の壁に埋め込まれたサイネージ。試合映像と動画広告が重ねて表示されている(シスコ提供)

 ――多数のサイネージを配置することで観客との接点が増え、収益の機会も増えるということですね。

 赤西 そのときに重要になるのが、サイネージに表示する映像の遅延時間です。日本のスタジアムでは、通常のテレビモニターが設置されているケースがありますが、テレビ放送は実時間から5~10秒の遅延があります。例えば、場内で大きな歓声が上がったのに、それにだいぶ遅れてモニターに映るようでは誰も見ようとしません。

 シスコのサイネージは、0.4~0.5秒という極めて短い遅延でフィールドの映像を送ります。そうすれば、多くの人がスタジアムのコンコースなどに設置されたサイネージの前に立ち止まって試合映像を見るため、そこに広告を入れると大きな効果が期待できます。

 ――スタジアム・アリーナのIT化に対して、シスコはどのようなサービスを提供しているのですか。

 鈴木 快適なネット接続環境を数万人規模の観客に提供する「高密度スタジアムWi-Fi」、フィールドの試合の4K・ハイビジョン映像を多数のサイネージや大型ビジョンに配信する「シスコ・ビジョン」、観客のスマホやタブレットに試合の映像などを配信する「シスコ・ビジョン・モバイル」などです。

 シスコは、スタジアムのネットワーク環境の整備というビジネスからスポーツ業界に参入しました。「いろんなものをつなぎます」という基本的な姿勢は変わっていませんが、今ではビジネスを拡大してサイネージを使ったソリューションや、アプリを通じた各種サービスの提供に広げています。これまで欧米を中心に、世界30カ国以上、300カ所以上のスタジアム・アリーナにシスコの製品・サービスが導入されています。今では大きなビジネスになっているので、米国本社にはそれを推進するディビジョン(部門)があります。

 大事なことは、Wi-Fiもサイネージもしょせん道具にすぎません。観客はスタジアムのネットワークインフラには興味がありません。重要なのは、その道具を使ってどんな体験を提供できるかです。スポーツビジネスに参入した日本のIT企業の場合は「テクノロジー」から入るケースが多く、順序が逆という印象を受けています。

(後編の「日本のスタジアム改革 壁は資金不足と複雑な権利関係」では日本市場を展望します)

鈴木和洋
 シスコシステムズ合同会社 専務執行役員 戦略ソリューション・事業開発兼東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部担当。1983年慶大経卒。マイクロソフト、日本アイ・ビー・エムを経て、日本チボリシステムズ 代表取締役社長、ダブルクリック代表取締役社長兼CEOを歴任。現在は経済同友会・経済懇談会委員、経済産業省IoT推進委員会委員、総務省2020スポーツX ICT委員などを務めている。
赤西治
 シスコシステムズ合同会社 東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部部長。1993年成蹊大卒。大手外資系IT企業を経て、2013年にシスコシステムズに入社。

[スポーツイノベイターズOnline 2017年9月4日付を再構成]

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