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ピアニスト仲道郁代 30周年のシューマン

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NIKKEI STYLE

ピアニストの仲道郁代さんが今年プロデビュー30周年を迎える。9月には記念のCDアルバムを出す。収録曲は彼女の原点であるロベルト・シューマン(1810~56年)の作品。高い人気を誇る実力派ピアニストがシューマンの傑作「交響的練習曲」の演奏を交えながら新たな出発点を語った。

9月27日に出すCD「シューマン・ファンタジー」(発売元 ソニー・ミュージックレーベルズ)に収録したのはすべてシューマンの作品。「ロマンス嬰ヘ長調 作品28の2」「交響的練習曲 作品13」、それにタイトルにもなっている「幻想曲(ファンタジー)ハ長調 作品17」という3つの作品だ。30周年記念にシューマンにこだわったのは、仲道さんのプロとしての出発点に彼の作品があったからだ。

プロデビュー30周年に弾く青春のシューマン

「デビューの頃はシューマンの作品をいっぱい弾いていた。私の青春の作曲家なんです」と話す。ドイツロマン派の音楽にふさわしく、ベルリンのイエス・キリスト教会で4月に録音した。使用ピアノはスタインウェイ。この教会はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がレコーディングの拠点としたことでも知られる。

1987年11月5日、仲道さんは昭和女子大学人見記念講堂(東京・世田谷)でソロ・リサイタルを開いてデビューした。そこで弾いた曲の一つがシューマンの「ピアノソナタ第3番ヘ短調『グランドソナタ』 作品14」だった。この曲はリサイタルに先立つ同年10月発売のデビューCDにも収録した。

続く88年の2枚目のCDでは「謝肉祭 作品9」、4枚目では「子供の情景 作品15」と「クライスレリアーナ 作品16」をレコーディングするなど、いかに彼女がシューマンに傾倒していたかが分かる。仲道さんは日本を代表する人気ピアニストになっていったわけだが、初期に築いたロマンチックなシューマンの世界によって彼女の好感度が高まったのは確かだ。

今年11月5日、30年前と同じ日に「デビュー30周年プロジェクト2 オール・シューマン・プログラム」と題したリサイタルを東京文化会館小ホール(東京・台東)で開く。記念CDに収録した3曲に加え、シューマンの作曲家としての出発点でもある作品番号1の「アベッグ変奏曲」も弾く予定になっている。ただし彼女の人気を反映してリサイタルのチケットはすでに完売したという。

仲道さんがシューマンに熱中するきっかけとなった出来事は14歳のときに起きた。場所は当時暮らしていた米国ミシガン州。20世紀の巨匠ウラディミール・ホロヴィッツ(1903~89年)がアンコールで「トロイメライ(夢)」を弾いた。巨匠によるこの演奏を聴いたのが始まりだ。

「トロイメライ」は「子供の情景」の第7曲に当たる有名な曲。緩やかで美しい夢見心地の音楽だ。しかし優しそうなこの小品を完璧に弾きこなすのは難しい。肝心な所で登場する10度の和音は、小さな手では届かない。表現を追求したらきりがないほど奥が深い。見かけによらず難曲だからこそ、一流のピアニストが取り上げる。

「こんな美しい世界があるのかと思った」と仲道さんはホロヴィッツの「トロイメライ」に心を震わされた体験を語る。米国から帰国し、桐朋学園大学を経て、独ミュンヘン国立音楽大学に留学し、ジュネーブ国際音楽コンクールで最高位を受賞した頃を通じて、ずっとシューマンのピアノ曲にのめり込んでいたという。「不安と焦燥があり、でも何かに憧れているような、そんな私の当時の心持ちはシューマンの世界に合致していた」と話す。

美しい佳品「ロマンス」を冒頭に置くこだわり

今回の記念CDで仲道さんは「3つのロマンス 作品28」から2曲目の「ロマンス嬰へ長調」を冒頭に置くことにこだわった。「トロイメライ」に通じる温かく優しい曲だ。「『シューマン・ファンタジー』というタイトルのアルバムだから、最初に『ファンタジー(幻想曲)』が来ると思うでしょう。でもそうじゃないの。はじまりはロマンス。この曲で一気にシューマンの世界に入ってもらいます」と仲道さんは説明する。

「ロマンス嬰へ長調」は3分程度の短い佳品だ。緩やかなアルペジオ(分散和音)の響きの中から、かすかに感じられる美しいメロディー。仲道さんのピアノは幻想的な午後の薄日のようだ。穏やかに揺れ動く木漏れ日の中から、憧れにも似た音の形象が生み出されていく。具体的な内容を伝えるわけでもない。ぼんやりとした憧れの気分。そのつかみどころのない心模様に意味が宿りそうになる。もともと何もないのだから、夢から覚めたらすぐにも消えてしまいそう。そんなはかない美しさが、彼女の弾く優しいアルペジオから浮かび上がる。

シューマンがピアノ曲「3つのロマンス」を書いたのは1839年。29歳の頃だ。恋人でピアニストのクララ・ヴィークのためにピアノ曲ばかりを書き続けたシューマンだが、翌年の1840年には一転して歌曲を作曲するようになる。シューマンの年表でいう「歌曲の年」だ。ロマンスはその直前、ピアノ曲を集中生産した時期の最後に書かれ、初期のピアノ曲の総決算といえる作品になった。にもかかわらず、ささやかな小品の趣を持つ曲だ。シューマンにこだわりを持つピアニストが筆頭に挙げるにふさわしい。隠れた逸品といえる。

仲道さんの演奏芸術の支柱にあるのはシューマンだけではない。「モーツァルト、ベートーベン、シューマン、ショパンという4人の作曲家の作品が私のレパートリーの中心にある」と語る。これまで出したオリジナルCDアルバムは37枚に上る。初期のシューマンに続いて集中的にレコーディングに取り組んだのがショパンの作品だ。89年から93年にかけてショパンの作品を含むCD8枚を連続して出している。「即興曲」「バラード」「夜想曲」「スケルツォ」などショパンの主要な作品群はこの期間に全曲録音した。

97年からはベートーベンのピアノソナタ全曲演奏会を開始し、2003~06年に全32曲のソナタCD全集を完成させた。さらにはベートーベンのピアノ協奏曲全5曲もレコーディングし、チェロソナタやバイオリンソナタの全曲演奏会にまでベートーベンへの傾倒が及んだ。その後、09~12年にはモーツァルトのピアノソナタを全曲CD録音している。

ショパンやベートーベンを経て再びシューマンへ

こうして見ると、仲道さんの30年間の音楽活動はシューマン、ショパン、ベートーベン、モーツァルトの順に探究の軌跡を描いてきたのが分かる。もちろんソロだけでなく、国内外の主要オーケストラとのピアノ協奏曲の共演も挙げきれないほどある。

今回のCDはシューマンへの原点回帰であり、「音楽の故郷への帰還」だと言う。長年の音楽遍歴の中で、彼女のシューマンへの思いはどう変わっていったのか。「ベートーベンのピアノソナタ全曲演奏会を続けた時期には、作曲家の諸井誠先生から楽譜の読み方だけでなく、音の向こう側を考えるための論理的な見方もみっちり教わった。音楽の論理を追究するにつれて、なりふり構わずのめり込んで弾いていたシューマンの感情の世界が少し遠くなってしまった気がした」と振り返る。

しかし30年を経た今、再び心境が変わった。「音楽の論理や解釈を一生懸命に考えてきたけれど、ふと気が付いてみると、何かに憧れたり、心が揺れ動いたり、不安だったり、うぶな心を持つ私というのが今も厳然とあることが分かった」。ベートーベンは論理と感情が拮抗する、まれに見る作曲家だと仲道さんは考える。論理的に音楽を追究する方法を長年学んできた上で、「改めて自分自身を解き放ち、シューマンの壊れやすい心の世界にもう一度、飛び込んでみたらどうなるだろうか。そう思って弾いてみたのが今回の『シューマン・ファンタジー』なんです」と語る。

CDの2曲目に収めた「交響的練習曲」は仲道さんの新たな挑戦に合致した選曲だ。気持ちの赴くままに曲を書く傾向が強い生来の詩人であるシューマンが、音楽の論理を学んで形式や構成にも凝った作品だからだ。具体的にはバッハを学んだ形跡が見られるといわれている。最初に分かりやすい主題が提示されて、多様な変奏が続いていく構成は確かにバッハの「ゴルトベルク変奏曲」に似ている。どちらも純粋な感覚に満ちているが、バッハの明るさに対しシューマンは暗い。シューマンが提示する主題は、青春の蹉跌(さてつ)といえる激しい情念がくすぶったものだ。ちなみにこの曲は、のちに妻となるクララと恋仲になる前、エルネスティーネ・フォン・フリッケンという女性と婚約し、やがて破局を迎える時期に書かれた。

一音一音が衝動や激情として揺れ動く演奏表現

主題と12の練習曲から成り、1曲ごとは数分と短い。マウリツィオ・ポリーニ氏や田部京子さんのように、補遺としての遺作5曲を加えて弾いている盤もある。仲道さんは青春の感性で書かれた主題と12曲という当初の原曲通りに取り上げている。筆者は今、試聴用CDを聴いている。発売日までにはさらに曲と曲との間や音質などに磨きがかけられるようだが、仲道さんが「交響的練習曲」にどうアプローチしたかは十分に伝わってくる。それは構成や形式を重視しつつも、どうしてもその枠組みから飛び出し、はみ出してしまうシューマンの衝動や激情を音で存分に表現したものだ。

なるべく大きな音量で聴くのをお勧めする。仲道さんのピアノの息づかいをつぶさに聴けるからだ。同じフレーズやリズムを繰り返す箇所でも、一音一音に独立した強さや色彩を織り込み、それぞれを自己主張させている。感情が揺れ動き、刻々と心境が変わっていく様子が音の激流となって描かれる。「練習曲2」「同7」「同9」などは比較的速い曲ながら低音域が重厚に鳴り響くのが印象的だ。いびつな音、ゆがんだ響きを随所に含んでゴツゴツ、ザラザラしている。シューマンの特徴である行進曲風の付点のリズムも突出点や起伏を持って表される。デジタルビートの時代とは対極にある、奔放かつ繊細な感情表出の演奏だ。

「『交響的練習曲』は、シューマンがある程度の曲を書いてきて、ここでやっぱり認められる曲を書きたかったという作品だと思う。シンフォニック(交響的)と題したように、ピアノの機能を存分に使って充実したサウンドを実現している」と仲道さんは説明する。その一方で、ショパンやリストのエチュード(練習曲)とは明らかに異なる点も指摘する。「様々な作曲技法を使って変奏の練習曲を書いているが、どうしてもシューマンの心が(論理や形式に)勝ってしまう」と語る。その心とは「正義というか、不正なものへの抵抗、理不尽な境遇におけるレジスタンス的な思い、それに美しい世界への憧れだ」と指摘する。

シューマンの楽曲や音楽評論には、明るく活発な躁(そう)状態のフロレスタンと、夢想にふけりがちで内気な鬱状態のオイゼビウスという対極的な人物2人が登場する。しかもどちらも分裂気質のシューマン自身だ。沈み込む下降音型で始まり、華やかな上昇音型で終わる「交響的練習曲」は、彼の分身であるオイゼビウスとフロレスタンが織りなす音のパノラマだ。万華鏡のように音の心象風景が変わっていく。

仲道さんのピアノに耳を傾ければ、微細な次元でも様々な表情の変化を絶えず聴かせる音楽であることが分かる。マーラーの交響曲にもつながる、突拍子もない分裂気質の魔力が込められている。こうした音楽を聴いて退屈する人はめったにいないと信じたい。しかも作品全体ではドイツ観念論哲学のヘーゲル弁証法の時代を伝えるかのように、一種のアウフヘーベン(止揚)として終曲でフロレスタンとオイゼビウスの統一と発展が成され、明るい長調で大団円を迎える。苦悩から歓喜へというベートーベンからの伝統をくむドイツ音楽の王道だ。

CDの最後は大作「幻想曲」。「ベートーベンを手本にし、論理的に音を構成した跡が残っている」と指摘する。今回のCDに収録した曲は「かつてレコーディングを切望しながら実現しなかった作品」と話すが、特に「幻想曲」のレコーディングは念願だったようだ。しかも仲道さん自身にとってもベートーベンをみっちり学んでからの取り組みであり、シューマンの意図をより深く読み取れるようになった高い次元での録音といえる。

「私」を主語にしてこれからの30年間を弾く

「シューマンは本当に心の美しい人だったと思う。よほどピュアな人でないとこんなロマンチックな世界を創造できない。この世と憧れの世界に分け入るような、マジカルモメント(魔法の瞬間)を随所に持つ曲を書いている」。仲道さんがそう指摘するシューマンの世界が最大限に繰り広げられるのが「幻想曲」だろう。だが単に気の赴くままに書かれたファンタジーではなく、3つの楽章によるソナタのような頑丈な構成も持つ。「ベートーベンの『ピアノソナタ第28番イ長調 作品101』を踏襲している。ベートーベンをちゃんと勉強して論理的に書いた曲だ」と言う。

例えば、ハ長調で書かれた「幻想曲」第1楽章では「なかなか確かなハ長調の和音が出てこない。もどかしさに苦悶(くもん)する様子が音で描かれている。これはベートーベンの『ピアノソナタ第28番』の第1楽章にも共通している点だ」と説明する。

「幻想曲」の第2楽章では、明るく奔放なフロレスタンの気質が一気に噴出する。付点のリズムで高揚する行進曲だ。ベートーベンの「ピアノソナタ第28番」の第2楽章も行進曲風の音楽だ。「でもシューマンの場合は時々その論理を破っちゃうのね。綻びがいっぱいある。ところが論理的に見ると、そこに綻びがあるべき理由や意味も分かってくる。いろんなことができて、弾くのがめちゃくちゃ面白い」と語る。緩やかなアルペジオによって独り言のように歌われていく第3楽章では、安らぎの中でもまだ何かに憧れているような、遠い夕映えのファンタジーを聴かせてくれる。

今回の映像ではソニー・ミュージックスタジオ(東京・赤坂)で、仲道さんがCD収録曲の中からシューマンの「交響的練習曲」の冒頭のテーマと第1変奏、第2変奏を弾いている。この日の仲道さんは風邪をひいていて、声はかすれがちで万全の体調ではなかった。撮影取材の現場にあったピアノもコンサートで使う完璧な状態のものではなく、高音域の音が出にくいため、特に硬質の高音で旋律を響かせるはずの第2変奏では演奏になかなか苦慮していた。この試奏からではCDアルバムの概要を伝えられたとは言えない。ただ、彼女が30年目にしてシューマンのどんな曲を記念に選び出したか、アプローチの雰囲気は伝わってくる。それは憧れと焦燥の入り交じった若々しい青春の音楽だ。

「最近、主語が『私』になった」と打ち明ける。「これまではベートーベンやシューマンに近づこう、偉大な作曲家になりきろうと思って努力してきた。しかし自分はシューマンやベートーベンではないと気が付いた。今は自分の音楽を弾くようになった。『仲道郁代』の音楽です」と言う。

芸術家として自我を打ち出して表現するのは当然だと思うが、彼女の場合は作曲家の本質に迫ろうという真摯な気持ちが人一倍強かったのだろう。「子育てが一段落し、再び24時間、音楽について考えられるようになった。これからまた30年間、一から頑張りたい」。過去と未来の時間への彼女の憧れが、シューマンの憧憬と一体になって聴ける「マジカルモメント」がやってくる。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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