知れば慌てない 認知症の種類で異なる「食事の困難」
料理を小分けに、逆にワンプレートに… 対策いろいろ
前回記事「見過ごしがち 認知症患者の『お口トラブル』」で紹介したように、認知症になると食事をとれなくなることがある。口腔内にトラブルがあっても、うまく伝えられないためだ。一方、認知症そのものが原因で食事がうまくできなくなることもある。しかも、食事のトラブルのパターンは認知症の種類によって異なるという。どのようなトラブルが起こるのか、介護している人はどう対応すればよいのか、前回に引き続き東京都健康長寿医療センター研究所の研究員で歯科医師の枝広あや子さんの話を基に解説する。
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「認知症が進行してくると、食事が適切にとれなくなる場合がありますが、その特徴は認知症の種類によって異なります」と枝広さんは話す。認知症の主な種類は四大認知症と呼ばれる脳血管性認知症、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症で、それぞれ食事の難しさには特徴があるという。
認知症の種類によって「食事の難しさ」はさまざま
「例えば、認知症になると甘いものをよく食べるようになる場合があるのですが、その理由は認知症の種類によって異なります」と枝広さん。アルツハイマー型認知症の患者の場合は、味覚の変化によって甘いものばかり食べたくなる傾向があるという。「アルツハイマー型認知症の患者さんは味覚が低下するため、濃い味でないとおいしいと感じなくなるのです。そのため甘いものや味の濃いものを好むようになると考えられています」(枝広さん)
一方、前頭側頭型認知症の患者は、同じ甘いものを食べていても、その理由は異なる。特定の物事に対するこだわりが強くなることで、毎日特定の食べ物、例えばプリンばかり買ってきて同じ時間に食べるといった行動が起こるのだという。このこだわりは、甘いもの以外の食べ物や、特定の時間に同じ行動といった形でも起こることが知られている。
他にも認知症の種類によって起こる食行動の特徴にはいろいろある。それぞれの特徴を紹介する。
【脳血管性認知症の特徴】~むせる、上手に食べられない
脳血管性認知症は、血管障害が生じた脳の領域により症状は異なる。食事に関しては、飲み込みに関係のある場所が障害を受けると、食べる意欲はあっても、むせてしまってうまく飲み込めない嚥下(えんげ)障害が起こることがある。
この嚥下障害は認知症の進行の程度にかかわらず、脳血管障害の発症後に生じる症状である。ただし他の認知症と違い、治療で脳の血流が改善され、リハビリテーションなどを行うことで、ある程度は飲み込み機能の改善が望めるケースがある。「脳血管障害でも、意識障害がある場合は改善が難しいですが、意識がありコミュニケーションが可能で座位がとれる人は、リハビリテーションで3カ月後、6カ月後にはある程度嚥下障害が治ってくることがあります」と枝広さんは話す。
【アルツハイマー型認知症の特徴】~目の前の料理をどうすればいいのか分からない
アミロイドβ(ベータ)などのたんぱく質が脳にたまることで脳細胞の減少、脳の萎縮などが起こり発症すると考えられているアルツハイマー型認知症。中核症状として見当識障害(場所や時間、人の名前や顔、状況の判断が難しいこと)が起こるため、食事行動の組み立てや食事の認識そのものが難しくなる。つまり、目の前に料理を出されても何をしていいのか分からなくなってしまうことがある。
しかし、身に付いた習慣の記憶は長く残るため、例えば毎日料理をしてきた女性の場合、目の前に料理を出されると「調理の作業かな?」と間違えてしまうことも起こる。その結果、食べ物を手に取ってより分けたり、入れ替えたりと、一見遊んでいるような行動を行ってしまう。
しかし、本人は決して遊んでいるわけではなく、行動の組み立てを間違えた結果、そうした行動をしているだけだ。このような行動をしてしまう人には、食事を出す際に「今日のおにぎり、中身は鮭だよ。おいしそうだね、おにぎり」などと言って、「これは食べ物ですよ」「これから食べるのですよ」ということを認識してもらい、食べる行動が引き出せるようにうまく誘導できれば混乱を減らせるという。
食事をただテーブルの上にぽんと置いただけでは、アルツハイマー型認知症の患者は「何かな?」「どうすればいいのかな?」と混乱してしまう。一度、違う方向の行動が始まってしまうと、食べるという行動に方向転換するのが難しくなるので、良いタイミングで最初に誘導することが大切だ。
【レビー小体型認知症の特徴】~虫が入っているように見える、上手に食べられない
レビー小体という特殊なたんぱく質が脳に蓄積することが原因で起こるレビー小体型認知症は、幻視や視空間認知障害、パーキンソン症状が起こるため、うまく食事が食べられなくなる傾向があるという。
幻視とは、例えば実際には虫は入っていないのに、コショウの粒や黒ゴマなどが虫に見えてしまうといったことだ。「私たちだってレストランで食事に虫が入っていたらもう食べられないですよね。それと同じです」と枝広さん。「虫なんて入っていないから食べて」と伝えても、本人は虫がいると思っているから食べられない。それは至極正常な反応である。こういう場合は、いったん食事を下げて少し時間を空けてから、盛り付けを変えるなどして出すと食べてくれる可能性があるという。気持ちの切り替えが必要なのだ。
視空間認知障害とは、目の前にあるものが、見えていてもそこにあると認識できない症状で、例えば、お皿の中の料理をスプーンですくおうとしても、お皿ではないところをすくってしまう状態になるなどだ。「こういうときは、さりげなくお皿の位置をスプーンですくえる位置にずらすなどしてお手伝いすると解決します」と枝広さん。
パーキンソン症状は、手足が震えるなど、パーキンソン病に似た運動障害の一種のこと。スプーンでうまく食べ物がすくえなかったり、すくえても口に運べなかったりする。また顎や舌にも運動障害が出るため、食べ物を口に運べてもうまく飲み込めなかったり、よだれがこぼれたりしてしまう。「パーキンソン症状にはパーキンソン病と同じ抗パーキンソン病薬による薬物治療が有効です。またアルツハイマー型認知症に使われる薬がレビー小体型認知症にも使われるようになったので、抗パーキンソン病薬とアルツハイマー型認知症の薬の両方を併用して症状が抑えられている人もいます」と枝広さん。
ただし、薬を使っても症状に波があるのがレビー小体型認知症の特徴でもあるという。また、覚醒障害といって、ボーっとしている状態としっかり起きている状態の波があるのもこの病気の特徴だ。他にもレビー小体型認知症の人は体がこわばってしまって、動きが止まってしまったり、かくかくした動きになってしまう症状が起こることもある。
震えが起きたり、動作がぎこちなくなったり、あるいは意識がぼんやりしているときは、無理に食べさせずに時間を置くことが大切だ。
【前頭側頭型認知症の特徴】~食べたい、かき込みたい!
前頭葉や側頭葉が萎縮して起こる前頭側頭型認知症の特徴は、抑制がきかなくなるため、社会的行動が難しくなったり、食行動に異常が起きたりすることだ。
症状が進んでくると、スーパーでまだレジを通していないものを食べてしまったり、試食品を一人ですべて食べてしまったりすることもあるという。
「最初に紹介した特定の食べ物へのこだわりや、スーパーの試食品を全部食べてしまうなども、前頭側頭型認知症の症状が原因です。それを指摘すると、ご本人から『分かっているのだけど、うまく抑えられない』と返答を頂くこともあります」と枝広さん。
また、単語の理解ができなくなったり、物の正しい名称が分からなくなったりといった障害が起こり、さらに症状が進むと食べ物とそうでないものの認識ができなくなり、葉っぱを食べたり、洋服の袖をかんで飲み込んでしまうこともあるという。
食行動の異常としては、過食、早食い、詰め込み食べといった症状が起こる。食事を前にすると、食べる行動の抑制がきかず早食いとなり、口の中に食べ物を詰め込んでしまう。さらによくかまないで飲み込もうとするため、窒息のリスクが高くなるといった危険性がある。症状が進むと手を使って口に詰め込むこともあるので、手がふやけて皮膚が炎症を起こしたり、感染症のリスクが高くなったりする。
家庭で介護する場合は、目に付くところにある食べ物ではないものを食べようとしたら、ローコストでたくさん食べても問題ないものを代わりに置いておくといった対処をするといいと枝広さんは言う。
料理を小分けにすべき場合 vs 1皿にまとめるべき場合
「認知症の患者さんの食事は、あれは駄目、これは駄目と禁止しても、良い結果にはならないので、それぞれの認知症の特徴を踏まえ、進行に合わせてこういう行動をするだろうと予測して、それに対してフォローすることが、介護する側にとっても楽になります」と枝広さんは話す。
では日々の食事でどのように工夫したらいいのだろうか。
詰め込み食べしてしまうような前頭側頭型認知症の患者の場合は、料理を一皿にまとめるより、小皿に少しずつ分けたほうが少量ずつ食べられるので窒息予防に適している。一方、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の場合は、多くの皿を一度に出すと何が何だか分からなくなる傾向があるので、料理をワンプレート料理や丼物のように一皿にまとめたり、柄の少ない皿にのせるなどして情報量を減らすことで、混乱が減りうまく食べられる可能性が高くなるという。
むせて上手に食べられない脳血管性認知症では動作の障害から複数の皿を適切に扱えず、うまくすくえないこと(お椀をひっくりかえしてしまうなど)もあるので、ワンプレート料理が適しているケースもある。また自助食器(食べる動作に障害のある人のために工夫された食器)を使うことも試してみてほしい。
認知症の種類によって異なる食事の問題。それぞれの特徴に合った対応ができるよう工夫してみてはいかがだろうか。
東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と介護予防研究チーム研究員、歯学博士、歯科医師。2003年北海道大学歯学部卒業。東京歯科大学オーラルメディシン・口腔外科学講座、あぜりあ歯科診療所(豊島区口腔保健センター)勤務などを経て2015年より現職。研究テーマは「認知症高齢者の口腔環境および食事支援」。
(ライター 伊藤左知子)
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