軽やかで多彩 進化が続くオーストラリアワインの魅力
オーストラリアワインというと、どんなイメージをお持ちだろうか。おそらく、一番なじみ深いのはスーパーマーケットでも売っているカンガルーのラベルが印象的な「イエローテイル」だろう。ワインにある程度詳しい人なら、ペンフォールズの「グランジ」などを思い浮かべるかもしれない。どちらにしても、果実味が濃いフルボディーのワインという印象だと思う。欧州のような繊細な味のワインとは縁遠い、筆者もそう思っていた一人だ。
そんな印象をがらりと変えてくれたのが、2017年9月に開催されたワインオーストラリア・オーストラリア大使館共催のイベントだ。マスタークラスセミナーには定員の2.5倍以上の応募が殺到し、当日キャンセル待ちにも列ができる人気ぶり。世界最高峰のワイン資格「マスター・オブ・ワイン(MW)」をもつ大橋健一さんと、シドニーを拠点に活躍するオーストラリア人のワインライター、マイク・ベニーさんがオーストラリアワインの「今」を指南した。
セミナーの冒頭、マイクさんから告白があった。約10年間も自国のワインを飲まない時期があったという。「同じような味の凡庸なワインを飲むよりは、ヨーロッパのワインを飲むほうが勉強になると思っていた」。だが今のオーストラリアワインは「世界一『多様性』にあふれ、最高におもしろい」と目を輝かせる。
多様性の担い手は、若い小規模な造り手たち。それぞれのポリシーで個性豊かなワインを造っている。たとえば、セミナーで試飲したリースリング種主体の「ラガベラス サリオ 2014」は、みごとなオレンジ色だった。マイクさんは「ボンダイビーチの夕暮れを思わせる」とロマンチックに表現した。
白ワインは通常、ブドウを絞り、果汁だけを発酵して造るが、このワインは赤ワインを造るときのように発酵中に果汁と果皮を接触させることによって色素を引き出している。実はこういった造り方はワインの発祥地と言われているジョージアで、8000年も前から伝統的に行われている。ワインの原点に返った造り方なのだ。
価格:5000円(税抜き)
輸入元:ワインダイアモンズ TEL 03-6804-2800
「プールサイド」で飲みたい赤ワイン
赤ワインを造る黒ぶどう品種のシラー種は、オーストラリアでは一般的には「シラーズ」と呼ばれている。冒頭に挙げたグランジもシラーズのワインだ。シラーズの一大銘醸地がバロッサ・バレー。バロッサ産シラーズの古典的なスタイルは、アルコール度数が高く、ジャムやチョコレートのような甘い香りのするフルボディー。ソフトな舌触りで親しみやすいスタイルが人気となったが、何杯も飲むには濃すぎたり、飲んでいる途中で飽きてしまったりしがちなのが難点だ。
それに対して、ナチュラルワインの代表選手「ショブルック ワインズ」の「プールサイド 2017」はアルコール度数が11%と低く、まさにプールサイドにも似合うような軽やかな赤ワインだ。「プールサイド」という名前はフランスの冷涼なワイン産地ジュラ地方の土着品種「プールサール」との言葉遊びから生まれたそう。
収穫してからわずか4週間後には発売されるフレッシュなワインで、塩気とうま味が特徴だ。オーストラリア人はビーチと外飲みが大好き。太陽の降り注ぐテラスには、従来の濃いシラーズよりも軽やかで明るいワインが似合う。そういったスタイルに変わってきているのが、今のオーストラリアワインなのだ。
価格:4600円(税抜き)
輸入元:ワインダイアモンズ TEL 03-6804-2800
※2017年10月末発売予定
古典派もきれいめにシフト
クラシックなスタイルとして紹介されたシャルドネ種の白ワインもクラシックというより今風だった。確かにたるを効かせた華やかでクリーミーな味わいはクラシックなスタイルだが、酸がきれいで涼しげですらある。ヴィクトリア州にあるビーチワースという注目の高級ワイン産地は、「オーストラリアのプチ・アルプス」といわれるほど涼しい。
そのなかでもソレンバーグは超少量生産でワインづくりを行うブティック・ワイナリー。畑に除草剤をいっさい使わず、ワインは野生酵母で発酵させるなど、こだわりをもってワインを造る。
また、このワイナリーはボージョレ・ヌーヴォーに使われるガメイ種から、偉大なワインを造ることでも有名だ。大橋氏が「世界最高峰のガメイのひとつ」と絶賛する「ソレンバーグ ガメイ 2016」を別会場で試飲できたが、凝縮した味わいながら、果実味が前に出すぎない滋味深さがあり、ピノノワールの高級ワインのような品格だった。
価格:9400円(税抜き)
輸入元: DownUnder TEL 06-6123-7457
古木天国オーストラリア
オーストラリアワインの歴史は220年超とヨーロッパに比べると浅いが、世界一樹齢が長いカベルネ・ソーヴィニヨン種のぶどうの木をはじめ、古木が多く残る国。「オールド・ヴァイン・グルナッシュ 1850 チリッロ エステイト」は、1850年より前に植えた現存する世界最古のグルナッシュの古木から造られるワインだ。畑の土は、ビーチのような砂地で、さらさらとして素足に心地いいという。
古木であれば必ず素晴らしいワインができるというわけではないが、その歴史は一朝一夕では造れないもの。「古木や土壌の歴史を活かしたワイン造りを行い、美しいワインに仕上げるのも、オーストラリアワインの魅力」(大橋さん)なのだ。
グルナッシュ種の赤ワインは、熟しすぎるとジャムのような凝縮したワインになってしまうが、オーストラリアの極上のものは香り高く滑らかで洗練されたワインになる。今オーストラリアのトップ生産者が一生懸命取り組んでいる、オーストラリアを象徴する最も重要な品種のひとつだ。「私はブルゴーニュのピノノワールしか飲まない」という人にも薦めたい。
価格:8000円(税抜き)
輸入元:ヴァイアンドカンパニー TEL 06-6841-3553
このように最先端だけでなく、古典派ですらもエレガントで軽やかになっていることに驚いた。軽量化の流れは、料理にもいえる。自身が人気モダンベトナム料理店「An Di(アンディ)」を経営するワインテイスターの大越基裕さんは、「素材重視でライトでヘルシーになっている今の食に合うワインが豊富」とオーストラリアワインの魅力を語った。
また、東南アジアや地中海から影響をうけたオーストラリアでは、独自の食文化が育っている。17年8月末に東京上陸したシドニー発のモダン・タイ料理「ロングレイン」には、野菜とスパイスをふんだんに使いつつ、本場タイより洗練されワインにも合いやすいメニューがそろう。タイ料理にはスイート・チリのような甘辛いソースをよく使うが、際立つ料理の甘さには「ワインで酸を足してあげると、甘みと酸味のバランスがとれておいしくなる」(大越さん)。エスニックにはうま味を活かした料理が多いので、うま味を感じるワインを合わせるのも今風だという。
キーワードは「多様性」と「スピード感」
「軽量化」にプラスしていえるのは、オーストラリアは、とにかく動きが速いということ。「消費者の好みや食のトレンドに合わせてドラマチックに変わる国」(大橋さん)だ。
つい半世紀前は、ポートワインのような甘くてアルコール度数の高い「酒精強化ワイン」の生産が約7割を占めていた。それが今では約2%。飲み手のニーズに合わせて造るワインのスタイルを変えてきた。欧州のワインは法律によってワインの造り方が細かく決まっているが、オーストラリアのワインの法律はゆるやかなため、さまざまな品種やブレンドの妙をいかした自由なワインづくりができる。
「未来は過去を振り返らずしてはつくれない」とマイクさんがいうように、クラシックとアバンギャルド、どちらも今のオーストラリアワインを形づくるもの。既成概念にとらわれず、オーストラリアワインの「多様性」を楽しみたい。
シャンパンと日本ワインを愛するライター。ワイン愛が高じて通信業界からワイン業界に転身した。最近は、毎日着物生活をめざして「きものでワイン」の日々を送っている。ワインの国際資格WSETのDiploma取得に挑戦中。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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