マネー研究所

積立王子のヤング投資入門

「どの国が上がる」ではない 国際分散はなぜ有効か 積立王子のヤング投資入門(6)

2017/9/14

 これまで何回かに分けて、ヤング世代の将来に向けた資産づくりにおける投資行動の原則を学んできました。とことん長い時間をかけること(長期)、毎月コツコツ一定金額を投資すること(積立)、一つの資産に集中させないこと(分散)。この3原則です。中でも分散投資については前回、「世界中の資産に少しずつ分けて投資する国際分散投資が有効」と書きましたが、今回はなぜそういえるのかを説明したいと思います。それには少し前から今日までの世界経済の動きを振り返ってみる必要があります。そこを通ってきた筆者の世代には当たり前の話でも、本物のヤングの皆さんには「そうだったのか」と新鮮な話に映るかもしれません。

■30年前の分散投資は先進国のみ

 筆者が資産運用の業務に初めて携わったのは、日本がバブル真っ盛りの30年以上も前のことですが、実はその当時から日本だけでなく海外資産にも併せて投資する国際分散の概念はありました。ただし、当時の国際分散ポートフォリオとは「日本・米国・欧州という先進国への分散のみで十分」という考え方だったのです。なぜなら、当時の世界構造には東西問題と南北問題という2つの大きな分断があったからです。

 東西問題とは政治的イデオロギーによる分断です。第2次世界大戦後から1980年代まで、世界は米国をリーダーとする資本主義(西側)陣営と、ソビエト連邦が支配する社会主義(東側)陣営に二分されていて、米ソ両大国が軍事力を競ってにらみあう「冷戦状態」が続いていました。東側陣営はいわゆる共産主義体制なので経済成長という概念が存在せず、両陣営相互の経済活動も鉄のカーテンで遮断されていました。日本から東側諸国に分散投資したくても不可能だったわけです。

 さらに西側の資本主義陣営には、南北問題という別の分断もありました。これは日・米・欧のような先進国経済と、東南アジアや中南米など発展途上地域との顕著な経済格差のことです。当時、先進国以外の地域は、経済成長という言葉とは無縁の貧しい状態のまま放置されていました。従って世界経済の中でも、経済活動が相互に活発に営まれていて成長を実現していたのは、西側陣営の先進国だけでした。

 こういった分断の結果、当時は国際分散投資を考えるといっても、その投資対象は米・欧・日本のみであり、その恩恵にあずかって豊かさを享受するのも専ら西側先進国に生活する人々だけでした。要するに「富の偏在」が著しかったのです。

■グローバリゼーションの時代へ

 ところが89年、ベルリンの壁が壊されて東側・共産主義陣営の瓦解が始まります。そして91年末には東側の親分だったソ連が消滅して、米ソ冷戦時代は終焉(しゅうえん)を迎えたのでした。この崩壊の理由はひとえに東側諸国の経済的困窮だったとされています。以降、世界では米国による一極支配体制が確立して、東西ドイツの統一に象徴されるように、旧東側だったロシア・中国や東欧諸国と西側諸国との経済交流が始まったのです。

 以後、西側先進国の経済活動が旧東側地域へ、そしてそれまで置き去りにされてきた東南アジアや中南米の発展途上地域にも広がって、世界経済が歴史上でも初めて「一体的経済活動」でつながる構造が実現したのです。これこそがグローバリゼーションで、21世紀に入ってからは、この構造が地球レベルで定着していきました。そこではヒト・モノ・カネが行き交うだけでなく、ちょうどインターネットの普及と重なったことで、「情報」も国境を越えて活発に行き交うようになりました。先進国の企業が旧東側地域や発展途上地域に続々と進出して、工場を移転し新たな雇用を発生させることで、そこに生活する人々が経済活動に組み込まれていったのでした。

マネー研究所新着記事

ALL CHANNEL