サヘル・ローズさん 養母と「魂でつながった」とき

1985年イラン出身。8歳の時に養母と共に来日。ラジオのリポーターなどを経て、女優としてテレビや舞台、映画で活躍。15日から舞台「川を渡る夏」にヒロインとして出演する。
1985年イラン出身。8歳の時に養母と共に来日。ラジオのリポーターなどを経て、女優としてテレビや舞台、映画で活躍。15日から舞台「川を渡る夏」にヒロインとして出演する。

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は女優のサヘル・ローズさんだ。

――養母フローラさんとの出会いは。

「私の記憶にある母との初めての出会いはイランにいた7歳の時です。イラン・イラク戦争で家も家族も失い、私は4歳で児童養護施設に保護されました。がれきの中で私を見つけてくれたのが、ボランティア学生の母でした。後日、施設の宣伝のために私は広告に出たのですが、それを見て訪ねてくれたのです」

「だっこされたとき自然に涙が出ました。ずっと人のにおいをかいでいなかったので『これがお母さんの香りなんだろうな』と感じたのです」

――養子となった時はどうでしたか。

「何度か彼女が訪れるなか、ある日私が『本当のお母さんになってください』と言ったんです。するとにこっと笑い、何も言わずに帰ってしばらく来なくなったんです。嫌われたと後悔して毎晩泣きました。1カ月くらいあとに、彼女は私を迎えに来てくれました。本当にうれしかったです」

「いきなり7歳の子の親になるというのはとても勇気がいることだったと思います。イランでは子どもを産めない人しか養子を引き取れない制度があったので、健康体だった母はわざわざ体を傷つけたそうです」

――8歳の時に養母と来日。2人の関係が深まった出来事は。

「中学3年生のある日。いじめがつらくて自殺しようと早退したときです。帰宅すると、仕事に行っているはずの母が部屋で泣いていました。母が泣く姿を見たのは日本行きの飛行機以来2回目です」

「工場などで働き、どんな過酷な状況でも笑っている強い母しか知らなかったので驚きました。でもその時に、自分が母に心配をかけまいといじめを我慢していたように、母も同様にこれまで強さを演じていたことに気がつきました」

「改めて母をじっくり見るとしわが増えて、白髪まじりで手も体もやせ細っていました。自分のことでいっぱいになっていて、気がついていなかったんです。この人を幸せにするのが私の恩返しだと決意しました。この瞬間、親子という関係を通り越して、母と私は魂でつながっていると感じるようになりました。お互いがお互いを生かしている、そんな関係です」

――大人になってからの2人の関係は。

「引き取ってもらったという遠慮と彼女の人生を台無しにしてしまったという罪悪感がずっとあって、本音でぶつかりあう思春期がなかったんです。大人になってからはお互いの思いを素直に伝えられるようになったし、私を引き取ったことを後悔していないということも聞けました」

「将来はイランに『サヘルの家』という児童養護施設を建てたいです。母と出会ったそこに私の原点はあります」

[日本経済新聞夕刊2017年9月12日付]

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