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為替は6勝4敗なら立派 欠かせぬ好奇心と根気、感性 すご腕為替ディーラーの至言(武田紀久子)

2017/9/16

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 金融・資本市場はおおむね効率的だが、情報や需給の偏りがもたらす「ゆがみ」があるとされる。現在の市場価格が割安か割高かを素早く的確に判断し、他の市場参加者に先んじて取引できれば収益機会は増す。「すご腕為替ディーラーの至言」、今回は国際通貨研究所で主任研究員を務める武田紀久子氏。武田氏は東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)の外貨ALM(資産・負債の総合管理)部門で外国為替や金利の幅広い分野で経験を積み、ゆがみを見極める力を磨いた。

■「3K」で得意分野を増やせ

 アナリストやストラテジストが現れる前はディーラーが情報分析や相場予想、顧客向けの情報配信のすべてを受け持っていました。フロント(ディーリングやセールスなどの現場)を経験して良かったのは「市場はどこかでゆがむ」、「相場はしばしばオーバーシュート(行きすぎ)を起こす」と、実際の取引を通じて肌で感じられたことです。やみくもに常勝を目指すのではなく、謙虚にかつフットワークは軽く、早め早めに軌道修正をします。ディーリングは10回のうち6勝(4敗)なら立派な勝ちだと思います。

 相場が安すぎる、高すぎるとの判断を的確にするには好奇心と根気、感性の「3K」が必要だと考えます。情報収集のアンテナを高くたててここがポイントと思ったら(=好奇心)じっくりと深掘り(=根気)していく。深掘りを繰り返せばおのずと得意分野が広がり、感性が磨かれるでしょう。

■危機は経験値を高める

 アナリストの仕事を始めてからは、日本の金融不安に01年の米同時多発テロ事件やその後のIT(情報技術)バブル崩壊、08年のリーマン・ショックや12年にかけての欧州債務問題を巡る混乱など数多くの危機を経験してきました。危機は経験値を高めます。市場が凍りついてしまうと理屈を振りかざす余裕などありません。取引の自由度を示す「流動性」確保への切迫感や、決済にかかわる様々なリスクを白日の下にさらすのですが、これは実際に直面してみないとなかなか理解できません。

 例えば米同時多発テロ事件の直後は基軸通貨のドルに絡む取引が困難な事態に陥り、短期金融やドル建て債券の市場も凍りつきました。金融ハブ(拠点)のニューヨークが直接攻撃されたため、ドルを決済可能かわからなかったのです。世界の金融・資本市場はドルを中心に動いていますから、大変な事態です。情報収集から分析、意思決定と市場関係者としての総合力が試されました。お金をドルに集中させずに分散する「ドル依存からの脱却」も教訓の1つでした。

■市場は間違わない

 負けが込んでくるとついつい「市場は間違っている」と責任を転嫁したくなるものです。でも、短期的な市場のゆがみはあるものの、需要と供給のバランスで決まる相場そのものは間違ってはいません。債券に比べると外国為替の相場は理屈よりも「場の雰囲気」で動きがちとは言われますが、負けたときこそ基本に返る。市場に当たり散らす時間があるなら足元のレートが割安か割高をきっちり判断し直し、次のディーリングに向けて気持ちを切り替えるべきでしょう。

 相場予想の立て方にも工夫が必要です。組み立てたシナリオが100%当たる可能性はまずない半面、100%外れる公算も小さいので「もし~なら」をいくつかのピースに分け、外れたところや外れそうなところをこまめに入れ替える柔軟さが求められます。自分のシナリオに固執しない謙虚さがカギになるでしょう。

■フロンティアを見つけ出す

 永遠に収益機会を提供してくれる投資対象はありません。先進国の経済は既に成熟局面に入って久しいですし、規制強化の影響などもあり、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ(BRICS)など主要新興国の成長余地も小さくなりました。新興「フロンティア」国の中から有望な通貨や金融商品を見つけ出す努力が不可欠です。

 新興国市場は為替、債券、株式ともに整備途上のことが多く、おしなべて規模が小さく、相場は極めて不安定です。高い収益機会が期待できる一方、思わぬ変動で損失を被るリスクは高い。にもかかわらず日本語で得られる情報は限られます。日本で外為証拠金(FX)投資家に人気の高いトルコリラやメキシコペソ、南アフリカ・ランドでも同様です。これらを攻略するには地元の情報収集を避けては通れないでしょう。私の場合は、かつてロンドン駐在時代などに構築した人脈が宝物になっています。

 「ゆがみ」修正の過程に収益機会とビジネスチャンスがある。玉石混交の情報の中から瞬時に有益なものを見極め、ゆがみの有無を判断していく。ディーラーもアナリストも基本動作はまったく同じだと考えています。

武田紀久子

 慶大卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。以来一貫して市場関連の業務に従事する。1999年に為替アナリスト班の立ち上げに加わり、以降はマーケット・エコノミストとして活動。2007年にロンドン駐在シニア・カレンシー・エコノミスト。14年の帰国、15年10月に国際通貨研究所へ出向。17年7月より現職。

【記者の目】

 ディーラーが情報配信を受け持っていた90年代後半にかけ、為替リポートは藤巻健史氏(当時はモルガン銀行東京支店、現参議院議員)による「プロパガンダ」のような個性の強いものが多かった。自らの持ち高に有利な話をする「ポジショントーク」満載で、投資家はより中立的な情報を欲していた。そんなときに支持を集めたのがクレディ・スイス銀行の田中泰輔氏(現ドイツ証券チーフ為替ストラテジスト)、三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の深谷幸司氏(現FPG証券社長)、会計検査院からディーラーに転職しその後マーケット・エコノミストを務めた富士証券(現みずほ証券)の上野泰也氏(現みずほ証チーフマーケット・エコノミスト)など分析力に優れたアナリスト、エコノミストたちだった。武田氏は深谷氏とともに三菱東京銀のアナリストチームをけん引した。

 草創期の為替アナリストに共通するのは金利分野に造詣が深いこと。債券や短期金融の市場は外国為替に比べ論理的、理屈通りに動くとされる。2000年代に入り、為替相場の材料として「金利差」の存在感が増したのも金利出身者の多さゆえだったといえるのかもしれない。

〔日経QUICKニュース(NQN) 編集委員 今晶〕

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