日経エンタテインメント!

キューバは、街に広告の看板がなく近代的な高層ビルもない。クラシックカーが颯爽(さっそう)と走り、自然と街が融合している。ネットのつながるエリアも限られているため、情報に追われることもない。日本の都会とは何もかもが違う。

「都会で生活を続けていると、異常なことでもいずれその感覚が麻痺して日常化する。キューバの暮らしに触れたことで、『やっぱり自分は東京という異質な世界で仕事をしているんだ』って気が付けて気持ちが楽になった。何の病気か分からないより、どんな病気でどういう治療法があるのか分かっている方が割り切れるというか」

書くべきか否か悩んだこと

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA/税別1250円)

今作は、当初から書き下ろしが決まっていたわけではなかったという。帰国後、しばらくたってから書き始め、仕事の合間を縫って約200ページを書き上げた。

「本当はもっと料理の写真や情報を盛り込んだ『キューバ楽しいよ!』という旅行記にするつもりでした(笑)。でも、書くにつれ内面がにじみ出てきて、『また若林の面倒臭い部分が出てる』的な成分が多くなってしまった。正直、書きすぎたと思っているので…あまり売れてほしくない(苦笑)」

そして、「もう一つ葛藤したことがあった」と彼は続ける。

「キューバを選んだ理由の一つに、亡くなった親父の存在がありました。旅行中もずっと親父が話しかけてくるような不思議な感覚の中にいて。その部分を書くか悩んだのですが、親父との対話をスルーしてしまうと、この旅行記は着地できないだろうなって」

著書の中で、「知ることは動揺を鎮める」という印象的な一文が登場する。

「世の中の違和感に対して変だと思いながらも、『そういうもんだよ』って自分を納得させながら、みんな年を重ねていくと思うんです。僕も何かを悟ったような雰囲気を出せるアラフォーのおじさんになりたいんだけど、それができなくていつまでも中二病よろしく『なんでなんで?』って聞き続けてしまう(笑)。その処方箋として、一人で海外に出かけるということは、とても有意義で価値のある経験だと分かりました」

本作は、「旅行に行きたいけど…」と二の足を踏んでいる人にもぜひ読んでほしい内容だ。多忙な人間が短期間の海外で気付いたこと。それは今までにない新しい旅行記の姿でもあるからだ。

「次は、遊牧民が暮らすモンゴルや、働き方に独自のルールを持つデンマークやドイツなどに行ってみたい。とはいえ、いつ連休が取れるか分からないので、それまでは最近始めたゴルフの打ちっぱなしでガス抜きをしようかなぁと。『一人カラオケ』『一人ファミレス』と違って、打ちっぱなしって唯一独身のアラフォー男性が一人で行ってもおかしくない聖域なんです(笑)。僕にとって自分と向き合える大切な場所って、誰からも後ろ指をさされない場所でもあるんですよね、きっと」

(ライター 我妻弘崇) 

[日経エンタテインメント! 2017年9月号の記事を再構成]

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