車いすやアイマスク 一時の疑似体験で終わらせないでマセソン美季さんのパラフレーズ

2017/9/15

マセソンさんのパラフレーズ

今年、現役を引退した棋士、加藤一二三九段が相手側に回り込んで盤面を見る行動を「ひふみんアイ」と言うそうだ。頭の中で想像するだけでなく、実際に相手の側に回ることで客観的に対局を見られる利点があるという。この方法、将棋以外の場面でも活用できるのでは?

先日、都内の駅で車椅子に乗ったりアイマスクをつけて白杖(はくじょう)で歩いたりする人々がいた。障害者の疑似体験をして構内のバリアフリー状況を調査しているようだった。

学生か新入社員と思える若い人から、仕事を引退してしばらくたっているのではないかという人まで幅広い年齢層の参加者がいた。初めて車椅子で移動するのが珍しくはしゃいでいるのか、アイマスクをつけた自分の姿が恥ずかしい照れ隠しなのか、笑い声が絶えず、にぎやかに活動している光景が印象に残った。場所を移動しながら、チェックリストに何かを記入しているようだ。

彼らの横を通り過ぎた後、なんとも言えない違和感が拭いきれなかった。非日常的な疑似体験をしただけで、「当事者の気持ちが理解できた」とまとめられてしまわなければいいな、と思った。初めて私が車椅子で外に出た時のことを思い出すと、少なくとも笑ったり、はしゃいだりするような気分ではなかったからかもしれない。

打ち合わせを済ませ、数時間後に同じ駅から帰ろうとしたら、近くのレストランの外に車椅子が置かれていた。店内に目を向けると先程のグループのメンバーたちの姿があった。体験会が終わったのかもしれないけれど、置き去りにされた車椅子が、乗り捨てられたように見えてしまう。

障害者を含む社会の多様性を理解するには、人間の目だけではなく、「鳥の目」で高さや角度を変えてものを見ることが必要だ。「ひふみんアイ」が思い起こさせてくれるのもそんな視点だ。一時的な疑似体験ではなく、普段から相手の後ろへ回り込むようにして、その立場で物事を考える。そんなことができる人が増えたら、多様な価値観が身につき、他者への理解を促進できるのかもしれない。

マセソン美季
 1973年生まれ。大学1年時に交通事故で車いす生活に。98年長野パラリンピックのアイススレッジスピードレースで金メダル3個、銀メダル1個を獲得。カナダのアイススレッジホッケー選手と結婚し、カナダ在住。2016年から日本財団パラリンピックサポートセンター勤務。

[日本経済新聞朝刊2017年9月14日付]