あえて大手→ベンチャー、私の転職 チャレンジ精神で
大企業での恵まれた条件を捨て、あえてベンチャーでのやりがい、新分野に懸ける女性が目立ってきた。多彩な人脈、様々な経験を生かし、新たなキャリアを積み上げていくチャレンジ精神あふれる女性たちを追った。
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「何すべき」大手の経験生きる プログレスの宮本久美子さん
「自分の可能性を広げるチャンスだと思った」。不動産ベンチャーのプログレス(東京・新宿)で働き始めたことを、人事部長の宮本久美子さん(36)は振り返る。大学卒業後、リクルートホールディングス傘下のリクルートジョブズ(東京・中央)に入社。求人広告の獲得や顧客の新規開拓など、8年間営業職として活躍した。そんな宮本さんの転職を後押ししたのは、「自分はもっとできるはず」という強い探究心だった。
前職ではチームのリーダーとして新人の教育を任され、キャリアを重ねた。しかし「パワーを使いすぎて疲弊しないよう、上手に仕事をこなすようになっていた」。入社8年目で慣れが出始めた。
仕事上の付き合いがあったプログレスの菊田寛康社長に能力を買われ、物事をどんどん進めていくベンチャーのスピード感に魅力を感じた。「前職では上から降りてきた仕事をどうこなすかという『HOW』の部分を考えていた。だけど、現在はどういった意義のある仕事をしていくべきかという、『WHAT』の部分が重要」と話す。
振り返れば、大企業時代は看板があったため「仕事の成功を自分の実力と勘違いしてしまう」ことがあった。気づいたのは前例踏襲で打った求人広告に、ほとんど人が集まらなかった失敗から。プログレスでは「丹念な調査こそが効果を生む」ことを重視している。だからこそ今では1本の広告を出すたび、通常の2~3倍を上回る応募がくる。
仕事の質が変わったが、前職で身につけた新人育成の経験は採用に生きている。大企業にいたからこそ「業務の種類や部署の切り分け、人事のやり方などを把握できた」と話す。転職当時、プログレスでは進んでいなかった育児休業制度を整えた。今後も「これは私がやった仕事なんだ」と胸を張れるようにしたい。
「世の中変えるかも」原動力に ビットフライヤーの金光碧さん
「ビットコインという新しく、仕組みの難しい商品を、どう話せばメリットを理解してもらえるか。デリバティブ取引などの分かりにくい金融の世界にいたからこそ、伝える技術の大切さをかみしめている」。仮想通貨取引所のビットフライヤー(東京・港)で最高財務責任者(CFO)兼広報の金光碧さん(35)はゴールドマン・サックス証券(GS)の出身だ。
2006年にGSに入社すると、投資家説明会の手配からデリバティブの商品開発まで、携わった仕事は多岐にわたる。12年、電機大手が発行した新株予約権付社債(転換社債=CB)のリパッケージ取引を担当した。あまり事例がなく、入り組んだ商品。かみ砕いて説明するためには何が必要か。文献をあさり、専門家に教えを請い、思いつく限りの疑問を考え先回りして答えを用意した上で、取引先に臨む大切さを知った。
同社で同じデリバティブトレーダーだった、現在のビットフライヤーの加納裕三社長に誘われ、「世の中を変えられる仕事かもしれない」という期待感を膨らませて「働かせてください」と転職した。
葛藤はあった。「GSは新卒に対してサポートが手厚く、尊敬できる先輩がたくさんいる」。大企業だからこそ任せてもらえる重要な仕事もあった。だが、専門的で限られた分野でこのまま仕事を続けていいのか。新たなワクワク感をもらえる場所がまぶしかった。ビットフライヤーはビックカメラ全店でビットコイン決済をできるようにするなど、様々な企業と事業展開中だ。「ニュースバリューのある取り組みを次々と打ち出せている実感がある」と話す。
人材サービス会社、エン・ジャパンが正社員での就職や転職を希望する10~60代の女性517人に聞いた調査によると、「仕事のチャンスは男性の方が恵まれている」と考える女性が8割近くに達した。福利厚生の問題をはじめ、女性にとって転職は簡単に決断できるものではない。
もっとも人材育成コンサルタント、キャリアン(神奈川県大磯町)の河野真理子代表は「女性は仕事や私生活で関わってきた人たちのノウハウや知恵を吸収する能力が高い」と分析する。転職の際に働いていた企業でのスキルを生かし、やる気プラスアルファのしたたかさを発揮できれば、挑戦は夢の実現へと結びつく。
決断力がキャリア生む ~取材を終えて~
将来性が未知数のベンチャーへと飛び込んだ2人の決断力はすごいと率直に思った。両者とも自身の転職について「後悔していない」と語るが、すべての転職がうまくいくわけではない。実際、私の周りには「転職先を間違えた」と話す女性もいる。
転職には大きく2つのタイプがある。1つは「もっと良い会社で働きたい」という環境への上昇志向。2つ目は「自分のキャリアの可能性を広げたい」と考える自身の能力への上昇志向だ。現状はワークライフバランスの改善を求めて転職する人が多数派で、能力向上を念頭に置く女性は少ないように感じる。キャリアンの河野真理子さんは、「主体的なキャリア形成への意識をどう高めていくかは大きな課題」と話す。
女性活躍に取り組む企業の裾野は広がる一方、成長期にあるベンチャーは、経験とスキルを持つ人材を男女問わず求めている。キャリアアップへの道を自ら選択できる環境は、少しずつ整ってきている。
(南雲ジェーダ)
[日本経済新聞朝刊2017年9月4日付]
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